ロシアへの漂流民たち 北方に漂流した日本人・大黒屋光大夫は、井上靖の小説「おろしや国酔夢譚」が映画にもなったのでよく知られています。 しかし、その他にも多くの漂流民がおりました。蝦夷地の海岸や、エトロ・・・ (続きを読む)
蝦夷の時代61 (露西亜使節ラクスマン1)
露西亜使節ラクスマン、大黒屋光大夫を連れて根室へ クナシリ・メナシの戦いから3年後の寛政4年9月3日(1792)、ロシア使節ラクスマンが、伊勢の放流民「大黒屋光太夫」ら3人を伴って、根室と標津の中ほど・・・ (続きを読む)
蝦夷の時代60 (東蝦夷地を幕府直轄)
江戸幕府は近藤重蔵たちの調査に基づいて、寛政11年(1799)東蝦夷地を幕府直轄とし南部・津軽の2藩に警備を命じました。 箱館に蝦夷奉行(後に箱館奉行改称)を置き対外警備にあたります。 そのためには、・・・ (続きを読む)
蝦夷の時代59 (松前藩主9代目章広)
松前藩主9代目章広(あきひろ) 安永4年(1775年)、8代藩主・松前道広の長男として誕生。 寛政4年(1792年)10月28日、父・道広はアイヌ蜂起事件の責任を取る形で強制的に隠居となり、18歳で家・・・ (続きを読む)
蝦夷の時代58 (大日本恵土呂府)
松前藩はアイヌの蜂起は飛騨屋に原因があるとし漁場を取り上げました。しかし、その原因を作ったのは松前藩でした。さらに、幕府は飛騨屋も松前藩も問題はないとして、この事件を終息させました。 ところが、ロシア・・・ (続きを読む)
蝦夷の時代57 (クナシリ・メナシの戦い2)
クナシリ(国後)・メナシ(根室)のアイヌ民族に対して、飛騨屋は毒殺などの脅迫で魚肥製造に駆り立て、越冬食糧の準備の暇も与えず生活は飢餓に瀕しました。更に、飛騨屋使用人によるアイヌ女性への強姦も多発して・・・ (続きを読む)
蝦夷の時代56 (クナシリ・メナシの戦い1)
寛政(1789年から1801年)の元号を知っておくと「蝦夷通」になります。 徳川11代将軍家斉の時代です。 メナシ(根室)、厚岸、クナシリ島で、最初に交易を行った商人は、飛騨国増田郡湯之島村(現:岐・・・ (続きを読む)
蝦夷の時代55 (赤蝦夷風説考)
松前藩はロシアがカムチャッカ半島を南下していることを知っていました。しかし、知らないふりをして場所請負制を続けるしかありませんでした。 江戸幕府がロシアの南下を知ったのは1771年のことです。その情報・・・ (続きを読む)
蝦夷の時代54 (松前藩主8代目道広)
第8代目藩主松前道広(みちひろ) 7代藩主・松前資広の長男として誕生。幼少より文武に優れ、派手好きで傲慢な性格であったといいます。明和2年(1765年)10月11日、父・資広の死去により11歳で家督を・・・ (続きを読む)
蝦夷の時代53 (松前藩主7代目資広)
松前藩代7代藩主資広(すけひろ)は、6代藩主邦広の長男として誕生します。 8代将軍・徳川吉宗にお目見えし、寛保3年(1743年)8月16日、父・邦広の死去により、17歳で家督を相続しました。主君は吉宗・・・ (続きを読む)

