二風谷ダム 3 

北海道電力は沙流川を始め静内川・新冠川(にいかっぷがわ)・鵡川(むかわ)といった日高地方の主要な河川を利用して、大規模な水力発電開発を行うべく1952年(昭和27年)より開始しました。

これを日高電源一貫開発計画とし、沙流川本流に岩知志ダムを1958年(昭和33年)に完成させました。

同時期に北海道開発局は苫小牧方面への工業用水供給と鵡川・沙流川の治水を図るべく河川総合開発事業を企図、鵡川本流の赤岩青巌峡付近に高さ103.0m、総貯水容量が3億㎥を超える巨大ダム・赤岩ダム計画を発表。

ところが水没予定地の占冠村が村を挙げて反対した結果1961年(昭和36年)に計画は白紙撤回され、以後暫く総合開発計画は進展しませんでした。

ところが苫小牧市に大規模な工業地帯を建設して北海道経済の起爆剤とすべく苫小牧東部開発計画が立案され、その根幹事業として苫小牧東部工業地帯(苫東)の建設が計画されました。

このため再び工業用水の供給が課題となったのです。