海陽亭(旧魁陽亭) 明治初期に開業した料亭で、亭名は創業期の魁陽亭から開陽亭、海陽亭とかわっています。(2019年には閉店していました) 建物は大半が大正期の増築ですが、2階大広間「明石の間」は、明治・・・ (続きを読む)
北の美術館「知里幸恵 登別市」2018年8月 通算55号
北海道ゆかりの人たち 知里幸恵(ちりゆきえ) 明治36年6月8日~大正11年9月18日 登別出身 19歳という短い生涯でしたが、「アイヌ神謡集」の出版でアイヌ民族の復活へ重要な転機をもたらしました。 ・・・ (続きを読む)
北の美術館「観光客が行かない函館巡り」2018年7月 通算54号
川が無い函館山 函館の街は函館山から広がっていきました。ところが函館山には川がないため井戸を掘っての生活でした。箱館開港と同時に外国船が入港すると、最初に求めるのが「水」です。当初は井戸の水を汲み上げ・・・ (続きを読む)
北の美術館「北広島市」2018年6月 通算53号
北広島市の開拓記念公園 北広島市は札幌の隣町です。地形は札幌から新千歳空港の間に広がる丘陵地帯にあるためゴルフ場が8カ所もあります。 札幌からのJR千歳線が市の北部を走り「北広島駅」があり、駅の近くに・・・ (続きを読む)
北の美術館「関寛斎 陸別町」2018年5月 通算52号
北海道ゆかりの人 関 寛斎 (せき かんさい) 文政13年(1830)―大正元年 現在の千葉県東金市生まれ 幕末から明治時代の蘭方医 十勝の最北「陸別町」の開墾先駆者 明治30年代には、道路の開削に・・・ (続きを読む)
北の美術館「続県民性」2018年4月 通算51号
大通公園の黒田清隆像は鹿児島県人 札幌の街にでると「北海道150年」の垂れ幕を見るようになりました。しかし、150年といっても重要なのは明治元年からの50年にあります。飛行機と同じで離陸に伴うエネルギ・・・ (続きを読む)
北の美術館「県民性」2018年3月 通算50号
北海道は明治維新後150年となりました。未開地に入植し「村を作った」のは46都府県人です。平成の大合併で179の市町村になりましたが、それまでは212の市町村がありました。 明治2年には約6万人弱に過・・・ (続きを読む)
北の美術館「北海道150年」2018年2月 通算49号
音威子府村(北海道命名之地) 本州の北にある大きな島を「北海道」と呼ぶようになったのはそう昔のことではありません。明治の新政府は、この島を正式に日本地図に加えることになり、新たな呼称が必要になりまし・・・ (続きを読む)
北の美術館「当別町」2018年1月 通算48号
当別町は、石狩振興局管内北部にある町。 国道275号線を北に走ると40分ほどで札沼線の石狩当別駅に到着します。小さな町に大きな「阿蘇公園」があり、多くの碑が建てられています。左の写真は、「と」のモニュ・・・ (続きを読む)
北の美術館「猿払村」2017年12月 通算47号
猿払村 日本最北の村 北海道には村が鶴居村など15カ所ありますが、最も北にあり北海道一面積の広い村が猿払村です。 2012年(平成24年)の夏、「道の駅さるふつ公園」で夏祭りがおこなわれていました。・・・ (続きを読む)