石北線ー石北東線、現・石北本線 石北線の上川ー遠軽間は大正9年の議会で起工が確定し、大正11年5月から実地測量が始まりました。この時、湧別線との分岐点をめぐって、遠軽と生野(現在の安国)との間で誘致運・・・ (続きを読む)
鉄路の旅 112 (ルベシベ線-石北西線、現・石北本線)
ルベシベ線-石北西線、現・石北本線 石狩国と北見国を結ぶ線路は明治40年代ころから望まれていました。大正2年に滝川ー下富良野間の開通や、大正5年の勇別軽便線の開通で、旭川と北見への交通が旭川を通ること・・・ (続きを読む)
鉄路の旅 111 (広尾線)
広尾線 帯広から南下して中札内ー大樹ー漁港広尾にいたる84キロ余の地方線です。沿線は南十勝の三郡四カ町村にまたがる大平原で、気候風土は農牧に適し、特に雑穀類の生産地です。 鉄道の話が持ち上がったのは明・・・ (続きを読む)
鉄路の旅 110 (釧網線ー現・釧網本線)
釧網(せんもう)線ー現・釧網本線 現在の釧網本線となる釧網線の敷設が完成するのは昭和6年9月のことです。 厚岸ー網走を結ぶ予定線の話は明治29年から出ていましたが、話が二転三転する中で、敷設路線が地元・・・ (続きを読む)
鉄路の旅 109 (天塩線ー現・宗谷本線)
天塩線ー現・宗谷本線 天塩線とは音威子府から天塩川に沿って稚内につながる地方線のことで、後に宗谷本線になります。 音威子府から稚内までは、北見国経由に先を越されて宗谷線(後に天北線)が敷設されていまし・・・ (続きを読む)
鉄路の旅 108 (長輪線ー現・室蘭本線)
長輪線(おさわせん)ー現・室蘭本線 「ちょうりんせん」と覚えていたのですが、「おさわ」が正解でした。 長万部ー室蘭間の鉄道建設に注目されだしたのは、後藤新平と大浦兼武が明治42年に相次いで来道してか・・・ (続きを読む)
鉄路の旅 107 (留萌線ー留萌~増毛間)
留萌(るもい)線ー留萌~増毛(ましけ)間 留萌本線の留萌ー増毛間16.7キロの地方線は本線よりも遅れて開通しました。 留萌-増毛間は、鉄道法で敷設が決まっていたのですが、深川ー留萌間だけが繰り上げられ・・・ (続きを読む)
鉄路の旅 106 (相生線)
相生線(あいおいせん) 石北本線の美幌駅から網走川に沿って遡上し、津別町北見相生までの36.8キロの国鉄が運営した地方線です。開業時の運行は一日三往復で所要時間は1時間34分でした。 もともと、相生線・・・ (続きを読む)
鉄路の旅 105 (渚滑線)
渚滑線(しょこつせん) 名寄線の渚滑駅(紋別)から北見線滝ノ上までの34.3キロの国鉄が運営していた地方線です。 渚滑川流域の滝ノ上は肥沃でしたから、明治40年ころから団体入植者が増加していました。大・・・ (続きを読む)
鉄路の旅 104 (三井芦別鉄道)
三井芦別鉄道 根室本線の芦別駅から、三井芦別を経て頼城(らいじょう)に至る9.1キロの地方鉄道です。 昭和15年12月、三井鉱山㈱が石炭輸送の専用線として下芦別(現在の芦別)ー西芦別(後の三井芦別)間・・・ (続きを読む)