釧路市の旅 (エゾシカ)

エゾシカの爆発的増加で、食用化の試みが増えてきております。 「道内」に生息するエゾシカは2009年度の推定で64万頭とされています。 ・明治21年、エゾシカ絶滅の危機に瀕したため、全道一円で捕獲が禁止・・・ (続きを読む)

帯広市の旅 (はじまり)

十勝の野はかつてはアイヌ人の居住地でした。 寛政年間(1789年から1801年)に、江戸幕府の命で蝦夷地調査にあたった探検家たちにより、豊かな平原を持つオペレペレケプの名として知られることとなりました・・・ (続きを読む)

豊頃町の旅 (はじまり)

この地は、文化年間(1804年~1818年)に松前藩がアイヌと交易をし漁業を行った十勝場所として開けました。 最初に和人が定住したのも大津地区で、1863年に青森県の堺千代吉とされています。 明治1・・・ (続きを読む)

中札内村の旅 (はじまり)

この地に最初に入植した和人は、富山県中新川郡出身の上丸弥次郎とされています。 明治30年に入り、札内原野の加賀団体入植地と越前団体入植地の中間あたりに茅葺き屋根から始まったといいます。 その後、富山・・・ (続きを読む)

陸別町の旅 (はじまり)

1901年(明治34年)に、徳島出身の関寛(ゆたか)の4男又一らが斗満に入植したのが開基とされています。 札幌農学校を卒業した関又一は約1000㌶の貸し付けを受け、翌年には父寛らの一行が到着し開拓を本・・・ (続きを読む)

大樹町の旅 (はじまり)

大樹町のはじまりは砂金からはじまったと言っても良いでしょう。 1635年歴舟川で砂金が採取されて以来、ゴールドラッシュとなりピークが1899年(明治32年)頃で掘り子も200人を超えたといいます。 明・・・ (続きを読む)

鹿追町の旅 (はじまり)

明治35年、山田松次郎がクテクウシ(アイヌ語で鹿を追う)原野に入植。 1900年(明治33)代になって次々と入植がありました。その中に、明治38年、中河才助が上然別に入地しています。 明治43年に音更・・・ (続きを読む)

音更町の旅 (はじまり)

この地にはアイヌ人の集落がありました。 明治12年頃に、岩手県九戸郡出身の大川宇八郎がアイヌ人と交易をしながら農耕に携わっていました。和人最初の定住で人柄も良くアイヌ人から慕われていたといいます。 ・・・ (続きを読む)

浜中町の旅 (はじまり)

蝦夷の寛永年間に厚岸場所が置かれ、1701年に厚岸場所を分けてキイタップ場所が設置されました。 明治に入り、諸藩分領により佐賀藩が支配する事になりましたが漁場持ちの榊富右衛門が漁民を募集し、アシリコ・・・ (続きを読む)

標茶町の旅 (はじまり)

蝦夷のころはアイヌの人たちが現在の塘路湖畔沿いに散在し、漁猟を行っていたといいます。 明治17年ごろになると和人が2戸移住し、モロコシやネギを作っていました。 また、釧路川に沿ってサケの番屋やアトサヌ・・・ (続きを読む)