上富良野町の旅 (はじまり)

上フラヌ原野に植民区画が開放されても、交通の不便から開拓が遅れていました。 ところが、十勝線の工事開始と旭川村市街地の発展が大きな要因となり、入植者に人気が高まり団体移住では三重団体が225万坪の貸・・・ (続きを読む)

枝幸町の旅 (旧歌登町)

歌登町(うたのぼりちょう)は、北海道北部、宗谷支庁南東部に存在した町です。2006年、隣接の枝幸町と合併し廃止となりました。 町名の由来はアイヌ語のウタ-ヌプリ(すりばち型の-山)からです。 この・・・ (続きを読む)

猿払村の旅 (はじまり)

ホタテ 猿払のホタテは1856年松浦武四郎の「武四郎廻浦日記」のころから記録されています。 この村のホタテ漁は他と比較にならないくらい大きく、海の条件が繁殖に適していました。 1882年(明治22年・・・ (続きを読む)

留萌市の旅 (留萌のはじまり)

留萌のアイヌ かつてルルモッペといわれた留萌が漁場として開けたのは、1787年ころと言われています。 1807年には300人のアイヌが住んでいました。 この地には由緒ある家筋で裕福なアイヌたちが住ん・・・ (続きを読む)

稚内市の旅 (はじまり)

直線距離にして約43キロ、かつて間宮林蔵が故郷から持参した墓石を海岸に立てて渡航したといわれるサハリン。 戦前・戦中は稚内とコルサコフ(旧大泊)に連絡船が通い、新天地を目指して人々が渡った地でもあり・・・ (続きを読む)

東川町の旅 (東川町のはじまり)

この地は旭川村字忠別原野の人跡未踏の地でした。 明治28年に忠別原野の貸付が始まり、香川県人30余戸と富山県人10余戸等が東旭川兵村から入地したのが始まりです。 翌年、基線道路工事が行われ開通、その後・・・ (続きを読む)

名寄市の旅 (旧風連町)

風連町は、上川支庁管内上川郡にあった町です。 2006年(平成18年)3月27日に廃置分合され、名寄市風連町となりました。 ふうれん名はアイヌ語のフーレペツ(赤い川)に由来するとされ、酸化鉄が含まれて・・・ (続きを読む)

士別市の旅 (旧朝日町)

朝日町は上川郡にあった町です。 平成17年9月1日に士別市と合併し士別市朝日町となりました。 明治に入り新政府は皇室財産の基礎固めが急務となりました。官有林・原野・鉱山などを皇室財産に編入する目的で・・・ (続きを読む)

中川町の旅 (クビナガリュウの化石)

なかがわ名の由来は中川郡の郡名から。 上川支庁の最北部に位置します。因みに最南端は占冠村です。 明治29年ごろ北村恭助がペンケシップ川のほとりに住んでいたとされており、これが和人の最初とされています。・・・ (続きを読む)

幌加内町の旅 (幌加内そば)

ほろかない町名の由来は幌加内川によるもので、アイヌ語のホロカナイ(母川の向きとは逆方向気味に流れる・川(河谷))の意味から。 もともとは旧・空知支庁の管轄でしたが、隣接する上川管内との結びつきが強いこ・・・ (続きを読む)