稚内市の旅 (野寒布岬)
野寒布岬(ノシャップ岬) 稚内市の北西部に位置する岬がノシャップ岬(野寒布岬)です。 ノシャップの語源は、アイヌ語で岬がアゴのように突き出たところを意味します。根室にある日本最東端の納沙布(のさっぷ)・・・ (続きを読む)
上川・留萌・宗谷からなる道北41の市町村エリアです。
歌登町や朝日町など平成合併で無くなった旧町村も紹介しています。
最南端である占冠~富良野~旭川からは国道40号で日本の最北端宗谷岬へ。
増毛から稚内を目指す日本海オロロンラインは、天売・焼尻を左手に見て快適ドイラブコース。北の道は今も大自然をまじかに見ることができます。
野寒布岬(ノシャップ岬) 稚内市の北西部に位置する岬がノシャップ岬(野寒布岬)です。 ノシャップの語源は、アイヌ語で岬がアゴのように突き出たところを意味します。根室にある日本最東端の納沙布(のさっぷ)・・・ (続きを読む)
抜海(ばっかい)駅は、稚内駅を出発し南稚内駅~抜海駅と2駅目になります。 宗谷本線(旭川駅から稚内駅の地方交通線)の駅ですが、JR北海道によれば廃止を求めていた29の無人駅のうち、13駅について202・・・ (続きを読む)
現在の稚内駅は、これまでに3回移動しています。 最初の稚内駅は現在の南稚内駅で1922年(大正11年)に開業。当時は宗谷線ではなく天北線でオホーツク回りでした。 1923年(大正12年)5月1日から、・・・ (続きを読む)
稚内公園に「九人の乙女の碑」があります。 太平洋戦争は1945年8月15日で終わった、と思っていましたが違いました。日本領だった樺太では8月15日の玉音放送後も続いていたのです。 太平洋戦争当時の電・・・ (続きを読む)
稚内公園 稚内公園の一角に南極観測樺太犬記念碑があります。 昭和30年、日本が初めて南極観測に参加することが決まりました。 輸送手段に犬ゾリが選ばれ、稚内周辺から集められた樺太犬40頭は、昭和31年3・・・ (続きを読む)
音威子府村は国道40号線で旭川から稚内に向かうと、時間でいえば中間くらいになります。 JR宗谷線の駅では「黒い蕎麦」が人気で、早々に売り切れてしまうといいます。「北海道ゆかりの人たち・砂澤ビッキ」は良・・・ (続きを読む)
上フラヌ原野に植民区画が開放されても、交通の不便から開拓が遅れていました。 ところが、十勝線の工事開始と旭川村市街地の発展が大きな要因となり、入植者に人気が高まり団体移住では三重団体が225万坪の貸・・・ (続きを読む)
歌登町(うたのぼりちょう)は、北海道北部、宗谷支庁南東部に存在した町です。2006年、隣接の枝幸町と合併し廃止となりました。 町名の由来はアイヌ語のウタ-ヌプリ(すりばち型の-山)からです。 この・・・ (続きを読む)
ホタテ 猿払のホタテは1856年松浦武四郎の「武四郎廻浦日記」のころから記録されています。 この村のホタテ漁は他と比較にならないくらい大きく、海の条件が繁殖に適していました。 1882年(明治22年・・・ (続きを読む)
留萌のアイヌ かつてルルモッペといわれた留萌が漁場として開けたのは、1787年ころと言われています。 1807年には300人のアイヌが住んでいました。 この地には由緒ある家筋で裕福なアイヌたちが住ん・・・ (続きを読む)