病気たいじ

北海道がまだ「えぞ地」と呼ばれていたころの話。

箱館の役人は、えぞ地に流行している病気を、一日も早くなくしたいと考え、その予防に出かけた。
うわさによると、病気にかかったものを、病気の神にとりつかれたのだと考え、山へすててきたり、その家に火をつけて焼いてしまうというのだ。家を焼くと病気の神も焼けてしまうと思っているのだ。
役人はびっくりしてしまった。どうにかして、そんな考えをなくしたいと考えた。医者と薬箱を持った人たちが、交通不便なえぞ地のおくへむかって出発した。
海岸を歩いたり、崖道を通ったり、途中で道に迷ったりしながら歩いた。一行はやっと小さな村にたどりついた。

この小さな村には、四、五十人の人が住んでいるはずだが、村には人っこひとりいなかった。
ーーどうしたことだ。誰もいないとは?  医者は不思議に思ったーー
村のようすを調べていた者が、急いでやってきていった。「わかりました。みんな山の中へ逃げ込んでしまったということでございます。病気をなくそうと思ってきたわれわれを反対に病気の神を連れてきたと信じているようすでございます」と。

そのころ、えぞ地では天然痘が流行してたくさんの人が死んでいった。悪い病気の神のせいだと信じている村の人たちは、村の入口に大きな網を張った。
網を張ったら、病気の神が入れないと信じていた。それでも次々と死んでいった。みんな集まって相談をした。
病気の神が村に入ってこないようないい考えはないか。
ひとりの老人がいった。
「病気の神は、人間にだけ病気のたねをふりまくんじゃ。わしらが人間でないようにみせかけたらどうじゃ」
「どうすりゃいい?」
「わしらの顔を、黒くすりゃ、病気の神はわからんじゃろう」
みんな顔を真っ黒にした。それでも、次々と死んでいった。また、全滅した村もあった。

そんな時に、医者たちがやってきたのだ。医者たちは山の中へ入っていった。
顔を黒くぬった村の人たちは、おどろいて逃げて行った。
「おーい、わしらはおまえたちの病気をなおしにきたんだ」いっしょうけんめい話して聞かせた。
さいしょ、子どもたちが寄ってきた。ふだんあまりよその人を見たことのない子どもたちは、薬箱を背負った人や、馬に荷物を積んだ人が珍しかったからだ。
子どもたちと仲良くなった様子をみて、山へ逃げ込んだ村の人たちが、一人、二人山からでてきた。みんなでてきたころ、医者は病気の話をやさしく教えた。

「これはな、おそろしい病気なんじゃ。だれか一人これにかかると、次々みんな死んでしまう、それはそれは恐ろしい病気なんじゃ」医者の話がやっとわかった。

医者はひとりひとりに、腕にほうそう・・・・をうえた。
終わった者には、ほうびを与えた。それからはもう、山へ逃げ込む者もいなくなったし、網も張らなくなった。
この噂を聞いたほかの人たちも、安心してほうそう・・・・をうえたという。悪い病気の神のしわざだと考える人も、いなくなった。
それからというものは、この病気にかかるものはいなくなったという。