美幸線

美深町の宗谷本線美深駅を起点とし、同町内の仁宇布駅に至る地方線です。
線名は、「美」は起点の美深、「幸」は終点の北見枝幸です。警報機のある踏切は宗谷本線と共用のものを除けば1箇所のみで、人跡のまれな地帯をゆく路線でした

計画では、美深より仁宇布を経てオホーツク海沿岸枝幸町の興浜北線北見枝幸駅に至る81キロの予定で、仁宇布から枝幸方にかけて一部工事が行われたものの、1980年の日本国有鉄道経営再建促進特別措置法施行を受けて第1次特定地方交通線に指定され、1985年(昭和60年)9月17日に全線廃止されました。

昭和21年4月、関係市町村長によって請願が話し合われ、美深町、枝幸町全住民が会員の鉄道敷設会が結成され請願運動が行われました。
昭和28年8月に予定線に編入となり、昭和31年2月に調査線、翌32年には工事線となって美幸線の建設が決定。
工事は昭和34年8月、美深側から仁宇布間21.2キロから取り掛かりましたが、昭和39年3月の鉄道建設公団の設立で公団に引き継がれます。その後、公団によって工事が昭和39年10月に完成し、美深ー仁宇布間21.2キロの営業が開始されました。

引き続き、第二期線の仁宇布ー枝幸線の工事はそのまま続けられました。その結果、昭和55年(1980年)までに全線の路盤工事をはじめ、トンネル12か所、橋梁41か所も完成し、線路を敷設するだけとなりました。
しかし、元々人口密度が低いところに過疎化が進み開業は見送られました。