李 恢成(り かいせい、イ・フェソン)
1935年2月26日 ~
日本の小説家。樺太真岡郡真岡町出身。
1945年の敗戦後、家族で日本人引揚者とともに樺太より脱出。長崎県大村市の収容所まで行き、朝鮮への帰還を図ったが果たせず、札幌市に住む。

1969年 『またふたたびの道』で第12回群像新人文学賞、1972年 『砧をうつ女』で第66回芥川賞、1994年 『百年の旅人たち』で野間文芸賞。

「伽倻子のために」の一節

男の名は林相俊イムサンジュニといった。東京から11年ぶりにこの町を訪れたところだった。
彼は東京を発ち函館からの気動車で森町にやって来たのだ。

「鉄道の構内は海にのぞんでおり、複線の線路を渉ってくる風は潮の匂いをふくんでいた。あるかなきかに昆布の匂いが混じってくる。彼は鼻腔をふくらませ潮風を深く吸い込んだ。ふと彼は心を動かされ、そうだ、海にいってみよう。
踏み切りを渡ると防波堤に突き当たった。防波堤は駅の全長と同じ長さのもので海に沿って町を守っている。海は内浦湾といった。外海でないので波は高くない。ふと波間に見え隠れしながら首を覗かせている一群の杭が見えた。昔は船着場であったのであろうか。
しかし、とっくに橋桁を失い、杭だけになったその残骸はなにか海の卒塔婆のように無気味にうつっている。
そのとき遠くで汽笛の音がきこえた。遠くにそびえる駒ヶ岳を、しだいに煙で包みあげながら近づいてくる。」