兄弟の川 ー芽室町ー

むかし、十勝に仲睦まじいアイヌの一族が住んでいました。

ある日のこと、この一族の中の一人の息子が、山に猟に出ました。そうして、三日三晩、クマを追い続けましたが、どうしても見つけることができませんでした。三日目の晩になると、疲れが激しくなって、とうとう道端の木の陰で、寝込んでしまいました。
目が覚めた時には、太陽が高くのぼっていました。
はて、ここはどこだろうと思い、あたりを見回しましたが、どうも来たことのないところのように思えるのです。
しばらく、そのあたりを歩きました。

そして、「これは、住むのにたいへん良いところだ。川もあり、近くには山もある」と思いました。ときどき、木の枝に止まっている鳥や歩いている獣、そして、川で泳いでいる魚の群れを見ると、今まで自分たちが住んでいた土地よりも、ずっとよい所だと思いました。

それから、四、五日たって、やっと十勝に帰りました。家に帰っても、いつもあの野や山のようすが目に映って、仕事が手につきませんでした。とうとう、あの野に住む覚悟を決めて、みんなにこのことを話しました。
みんなも、やっと行くことにしました。そうして、いつ行ったらよいか、その日を待っていました。

とうとう、その日が来ました。月が明るい晩、みんなは、少しばかりの荷物を持って、道を歩き続けました。そして、とうとう、希望の地に着きました。
次の日から、家を作る仕事を始めました。木を伐り倒し、ササを刈り、木を埋めて組み立てて、掘っ建て小屋を作りました。
家を作り終わると、今度は家の回りを掘り起こし、畑を作って、種を蒔きました。それから、野に行って獣をとり、川に行って魚をとって、それを食べて生活するようになりました。

ある日のこと、見知らぬ二人の石狩アイヌが来ました。そして、この楽しそうな暮らしぶりを見ました。やがて、このアイヌが、自分達の家に帰ると、このことを話しました。アイヌの仲間たちは、自分達も、そんな所に住んでみたいということで、この十勝のアイヌの人の住んでいる近くに住むことになりました。

それから、何年かたちました。そして十勝から来たアイヌから、お嫁に来る人もいました。
ところが、こんなおだやかな所に、大変なことが起こりました。
それは、木の葉がすっかり落ちたある日のことでした。
突然、この村に、十勝アイヌが攻めてきました。石狩アイヌも負けておらず、それから、何年も何年も、戦いが続きました。
どうしても、勝負がつきませんでした。何年もこんな戦いを続けていては、両方のアイヌも死ぬし、生活も苦しくなることに気が付いた十勝アイヌの酋長が、石狩アイヌの酋長に、戦いを止めてはどうかといいました。

ところが、石狩アイヌの酋長は、今までのことを考えると、このまま、止めることはできないと思いました。
そこで、十勝アイヌに、両方のアイヌの代表を出し、それぞれの意見をいい、その意見について、賛成の多い方に従うことにしょう、といいました。
十勝アイヌの酋長も、その考えは、良い考えだというので、そうすることにしました。

それから三日間、それぞれ代表が意見を述べ合いました。
最後に石狩アイヌの代表となったのは、数年前十勝から移ってきたアイヌでした。
「ここに集まっているみなさんは、自分達の住んでいるそばを流れる川のことを考えたことがありますか。その川のはじまりは、木の根の間から出る水で、やがて小川となって流れ出て、一方は石狩川となって海に流れ出ています。また、一方は十勝川となって海に出ています。この二つの川のはじまりを考えてみますと、それはひとつなのです。それが、東と西に分かれて流れているのです。わたしたちは、ちょうど、兄弟の川の流れのめぐみを受けて暮らしているのです。わたしたちも、もとにかえって、川のように、一つのところから出ているけれど、それぞれの特徴があるように、その特徴を大切にして、暮らそうではありませんか。そして、もう、争いはやめようではありませんか」
といいました。

じっと、このことを聞いていた両方のアイヌは、みんな、この意見に賛成しました。それから夜遅くまで、仲直りの酒もりが続きましたが、それからは、この地方には、争いがなくなったということです。