つり鐘をかぶった大ダコ   (江差町)

江差のかもめ島は、美しい島でした。
真っ青な海の上に、白い白いカモメが、両方のはねを思いっきり広げて、ふんわりと浮いているような、そんな島だったのです。
ですから、海の魚たちは、みんな、このかもめ島が大好きでした。
なかには、わたしをむこにしてくれとか、わたしの嫁さんにきてくれとか、かってなことをいって、かもめ島のそばによってくるものもありました。

ある日のことです。
江差の北のほうの三つ谷の海から、大きなタコが一ぴき、ふらっとやってきました。タコは、かもめ島をひと目見て、すっかり好きになってしまったのです。
「いやあ、これはまた、なんて美しい島だろう。すらりとのばした両はねの、なんとすべすべとなめらかなことよのうー。よしよし、わたしはおまえさんのおむこさんになってやるよ。そして、おまえさんをかわいがってあげるよ」
大だこは、かってにこんな一人ぎめをして、かもめ島に住みついてしまいました。
そして、大ダコは、約束どおり、日になんども頭をふりたて、大きな目玉をぎょろぎょろさせて、かもめ島のまわりを見廻りました。
頭がじりじりとあつくなるような夏の日も、また、雪が降って、頭がぴりぴりするような寒い冬の日でも、大ダコはなんどもなんども島をまわりました。

そんなある日、大ダコは、おかしなものを見つけたのです。
沖のほうから、まっすぐに江差の港へ向かってくる弁財船の真ん中に、自分の頭によく似たかっこうのものが、一段と高くした場所に、ていねいに置かれているのを見たのです。
「なんだうろ、あれは? 」
なにせ、好奇心の強い大ダコです。とてもじっとしてはいられません。
「そーれっ」
とばかり、沖の弁財船目がけて泳ぎだしました。

船には、たくさんの人が乗っていてにぎやかでした。
「やあや、まるサのおどさんよ、まんずまんず、ここまでくればはあ、着いたも同然でぁすなー。えがった、えがった」
「ほんだってばー。ほれ、かもめ島も見えてきたで、何ごともなくて、ほんとにえがったですなー」
「やれやれ、これではあ、やっと江差の寺さもつり鐘ばつって、あの、ゴーンていう音が聞けるようになったちゅうわけであんすなー」
「うんだってばー。早くつるして、この鐘のおどば聞きてえもんだなんす」
「せんどさんよー。もうひとふんばりたのみますでえ」
みんなは、目の前に見えてきた、かもめ島に、すっかりうきうきしていました。
このひとたちは、江差の正覚院というお寺の檀家総代で、京都へ頼んでおいた、お寺のつれ鐘を取りにいった帰りだったのです。

何せ、このころの江差ときたらもう、毎日がお祭りのようなにぎやかさでした。
ニシンが、どんどんどんどんとれて、それがまた、どんどんどんどん売れるのです。ですからお金は、川の水が流れてくるように、江差へ江差へと入ってきました。とくに、五月、六月は、ニシン漁が終わりになる、きりあげ時なものですから、あちこちの町から、出店がたくさん集まってきて、たべものを売る店や、遊ぶ店が大繁盛でした。
「江差の五月は江戸にもないよ」
と、うたわれたのはこのころです。ですから新しいお寺がどんどん建ち、古いお寺もまたどんどん新しく建てかえられました。そんな中で、正覚院の坊さんから、つり鐘がほしい、という話がでて、檀家のみんなも、そうだ、そうだということになり、さっそく京都の有名なつり鐘師に作らせたのです。

大ダコが見たのは、実はこのつり鐘だったのです。大ダコは、もちろんつり鐘など知りません。

「えへぇー、あれはなんじゃろなー、おれの頭によう似てるが、あいつを、頭からすっぽりかぶると、眠るときには都合がいいわい。よし、こうしたゃいられない。ちょいとあいつをもらっておこう」
大ダコは弁財船の底にぴったりとすいつきました。

「おおー、どうした?  せんどうさん、船がさっぱり進まんどぉ」
「へーい、どうもおっかしいんでさあ。さっきから、船の底ば、ばけもんにでもつかまれたみてえでな、きゅうに船が重くなっちまって、どうにもはあ、動かねえんでさあ」
「岩さつっかかったわけでもあんめえに、そったらばかなことってねえべよ」

船の中に乗っていたみんなは、わいわいがやがや言いながら海をのぞきこみました。
すると、きゅうに、ゴボゴボ、ガバガバッと音がして、その音のまん中から、にゅーっと、大ダコが頭を出したからたまりません。みんなはびっくりぎょうてん、目を白黒させたまま、ひっくりかえってしまいました。
そのあいだに大ダコは、ずるり、ずるりと、船の中にはいりこみ、五本も六本もの手をのばして、つり鐘をしっかりかかえこんでしまいました。そして、ぶるぶるふるえているみんなの顔を、ひとわたりぎょろりとながめて、ひょっとこのような口をつき出し、真っ黒いすみを、ブスーッとふきました。

このふいうちに、みんなはまたびっくりぎょうてん。
「キャーッ」と声をはりあげ、こしがぬけて、動けない者も出るしまつでした。
大ダコはその間に、つり鐘をだいたまま、ズズズーッと海の中へ沈んでいってしまいました。
あまりにも急なできごとで、乗っていた一同は、まるで、キツネにでもばかされたように、ぽっかーんと口をあいたきりで、こしが立ちません。誰もが、しばらくは声もでませんでした。

いっぽう、浜べでは、ひと目、つり鐘を見たいものだと、たくさんの人たちが集まっていました。
なにせ、江差でははじめてのつり鐘ですから、見たこともない人もずいぶんいました。もちろん、音色も聞いたことがないわけです。
きょうは、鐘が着いたら、正覚院までつり鐘行列をし、鐘つき堂に鐘をつり、ひとつき、ふたつき、鐘の音を聞かすというのですから、みんなは、いまかいまかと弁財船の着くのを待っていたのです。

そこへ知らされたのが大ダコ騒動です。タコにつり鐘を取られた、というのですから、集まっていた人たちも、あいた口がふさがりませんでした。しばらくしてみんなは、
「そのつり鐘ば、ぜひ取り戻さにゃならん。タコなんかに取られてたまるもんか」ということになり、いさましい若者たちを先頭に、ふたたび弁財船に乗り込んで、この大ダコからつり鐘を取り戻そうということに決まったのです。

そこへ、江差の町で、人々から尊敬されている神主がやってきました。神主は
「まてまて、みなのしゅう。タコにつり鐘がいるなどとは聞いたこともないが、タコにはタコの理由があって、つり鐘をもっていったのかもしれない。これはひとつ、タコに聞いてみてからにしよう」ということになりました。

なにせ、相手は、ばけもののような大ダコのことです。
それでは、ということで、神主も弁財船に乗って出かけたのです。

つり鐘が奪われたあたりにくると、神主は、さっそく、御祈祷をあげました。するとどうでしょう。またもや、さっきの大ダコが、まるで海水を持ち上げるようなかっこうで、ぶきみな音とともに、直径四尺もあろうかと思われる頭を、にゅーっと水面にあらわしたのです。
さすが血の気の多い若者の顔からも、一瞬、さーっと血が引きました。見るとぶるぶる震えています。

神主はおごそかな声でいいました。
「これ大ダコよ。お寺におさめるつり鐘をかすめ取って、なんといたす気じゃ」
すると大ダコは、口をとがらせて、
「わしは、三つ谷から、ここにむこにきたのじゃが、このとおり頭がでっかいんでな、いつも頭のかくし場所に困っておったんじゃ。ところで、これは、つり鐘とかいうものだそうだが、これは、わしの頭にぴったりじゃ。これがあれば昼ねのじゃまをされんですむ。だからもらったんじゃ、わしは、かもめ島のむこじゃからな」というのです。

神主は、この大ダコを怒らせては、きっと、あとのたたりが恐ろしいであろうとさっしたので、みんなに目くばせをして、つり鐘はそのまま、タコにくれてやることにしました。
大ダコは喜んで、海にもぐっていきました。

さて、そのためかどうか、こんなことがあってからは、江差の近所一帯は、いつもおさかながとれたということです。
そして、いっぽうこの大ダコは、つり鐘をかぶっているせいか、ほかの敵に襲われることもなく、ますます、ますます大きくなって、すっかりかもめ島の主になってしまったのです。
そして、かもめ島を、その太い、長い足で、七まき半もまいて、今でものんびりと昼ねをしているそうです。

お天気のいい、海のないだ日などには、そのつり鐘の竜頭(つり鐘の頭についている竜の形をした部分)のあたりが、波のまにまに見える、という話です。