川上の長者の息子と、川口の長者の娘の話

「昭和59年度アイヌ民族文化財調査報告書」より  織田ステノ伝

むかしむかし、川口の長者が和人の親方と一緒に、村人を使って漁をしていました。親方は気立てのよい人で平和に暮らしていましたが、ある年、川口の長者が一人娘を残して死んでしまいました。親方は川口の長者との約束もあり、残されて娘を大変かわいそうに思ったので、よい着物を着せ、おいしいものを食べさせて、何一つ不自由のないようにしました。

ところが、村人の中の心のよくない者が娘をねたんで、
「その娘を追い出さなければ漁の仕事もしないし、あんたの首も保証できない」
と、おどしたので、親方も恐れて村人の言いなりになってしまいました。娘は家を追い出され、野原のはずれのかやで作った小屋に、ぼろぼろの着物を着せられて住まわせられました。

さて、川上の長者の一人息子が娘がひどい仕打ちを受けていることを、耳にしました。もし本当ならば許しておけないと思い、親には、
「浜へ下って仕事をして魚をもらって来るから」と言って、船で浜へ下がりました。川口の村へ着くと、村は栄え、家がたくさんあり、村人は網を引いて、魚を運んでいました。それを川上の若者が見ていると、監督する人に聞かれました。
「どこから来たんものだ」
「わたしはずっと川上の村の人間なのですが、魚があまりにもたくさんとれるという話を聞いて、うらやましく思って来たのです」
「それなら明日から一日手伝えば、魚をたくさんやるから、今日は休んで見ているといい」と、言われたので、立って見ていました。

すると一人の若者が魚を持って草を分けて進んでいくのに気付きました。
おやっと思って見ていると、汚い格好をした娘が立っていました。若者は小便をするふりをして、魚をこっそり娘になげました。ところが、仲間に見つかり若者はなぐられ、ひどい目にあわされました。
川上の若者はひどいと思いましたが、じっとこらえて、まず娘の事情を聞いてから話しをつけようと考えました。

村人が仕事を終えて家に入ると、川上の若者は食事をもらいました。
人々が寝静まったころこっそりと家を抜け出し、草を分けながら進んでいくと、小屋がありました。明かりが見えたので、入り口のすだれを上げて中をのぞくと、娘が座って泣いていました。仲間になぐられた若者の与えた魚が、まな板の上にのせられて上座に置いてありました。川上の若者が中へ入って座ると娘はびっくりして泣き続けたので、わけを聞くと、娘は事情を話しはじめました。

「むかし、わたしはまだ小さかったころには父と親方たちは仲がよく、魚をとって米やいろいろな品物と交換していました。親方たちが板を持って来るので、草だけで作った家から板の家も作れるほどになりました。父も親方も正直に取り引きをしていましたが、ある日父が死んでしまいました。父は死ぬときに親方に向かい『娘をよろしくたのむ。村人の中にもよい者ばかりがいるわけではないから、年ごろになったらふさわしい若者と娘を結婚させて末永く取り引きができるようにしてくれ』と、言い残しました。
親方は父が死んだ後もわたしを可愛がってくれました。ところが、そのうちに村人たちが、わたしを殺せと親方に迫るようになりました。
親方は『殺しては、死んだ仏に申し訳ない。川岸に小屋を立てて勝手にさせることにする』と言って、わたしはひもじくて死んだほうがましだと思い、毎日泣いて暮らしました。
今日もせっかくわたしに魚をくれた若者がひどい目にあわされているのを見て、魚を捨ててしまおうと思いました。でも、おなかがすいているのはわたしだけではない。火の神もおなかがすいているだろうと思って、火の神に魚を供えて、今日の若者が死んでしまったのではないかと泣いて心を痛めていたところです」

この話を聞いた上川の若者は、
「おなかがすいているだろう。早く魚を料理しなさい。わたしも食べるから」
と言って、娘に魚を食べさせ、泊まっていた家にもどっていきました。

翌朝、川上の若者は和人の親方のところへ行き、
「わたしは川上の長者の息子だが、川口の長者の娘がひどい目にあっていると聞いて様子を見に来たのだ。昨日様子を見たら、娘をかわいそうに思った若者までがひどい目にあわされ、娘もかわいそうな様子だ。これはどうしたことなのか。今、川口の長者の霊とともにお前の首も切ってやる。そうされたくなかったら、娘を呼んできて風呂に入れ、きちんとした着物を着せて、昨日ひどい目にあわせた若者も連れて来い」と言いました。

すると親方は、
「わたしは川口の長者が言い残した通りにしたかったが、悪い村人からかわいがったらひどい目にあわせ、魚もやらんと脅かされて仕方がなかった。どうか許してくれ」と言いました。そこで、川上の若者は、
「わたしはこれから悪い村人をこらしめに行くが、邪魔するとお前の首もないと思え」と親方に言い、村の悪人どもをこらしめました。このことで親方もすっかり震え上がり、
「後は川上の長者の息子と川口の長者の娘に任せ、わたしは内地(本州)に帰る。年に一度でも魚を送ってくれればよい」と言いました。

そこで、川上の若者は、娘に魚を与えてひどい目にあった気立てのよい若者と川口の長者の娘を結婚させて、川口の長者の跡を継がせることにしました。
体を洗ってよい着物を着せると、娘はびっくりするほど綺麗になりました。

親方も自分が悪かったことを謝って、たくさんの品物を川上の長者の息子に贈りました。贈られた品物を持って川上の長者の息子は家に帰りました。
一人息子をとても心配していた父母は、それまでの事情を聞いて驚き、立派なみやげを喜びました。