雪地蔵

むかしの話です。
その日は強い風が吹いていましたが、雪は降っていませんでした。
もうじき春が来るころでしたので、お天気のよい日が続くと積もっていた雪が少しずつとけて、それが夜になると、きりりとしばれるのです。

とけたりしばれたり、しばれたりとけたり、そんなことが繰り返されると、原野の雪もかたくなって、道を歩いていくよりも、畑の中を斜めに横切って歩いてもぬかるようなことがありませんから、村人たちはみんな近道をしようと、かってきままに畑の中に道をつけて歩いていたのです。

仙吉もその日の用が終わって帰ることになりました。
冬の日は、日暮れ時がすぐにきます。午後三時すぎますと、もう日が暮れてくるのです。仙吉は急いで近道を通り、原野を斜めに横切って帰ることにしました。
やよひ半分ほど来たころから、急に西のほうから雪が降ってくるのがわかりました。

そして、前よりも風が強くなってきますと、一ぺんに吹雪になってしまいました。吹雪はだんだんひどくなり、先が見えないほどのすさまじさで荒れてきました。
仙吉はときどき立ち止まると、たぶん自分の家の方だろうと見当をつけて、その方にまっすぐに歩いていきました。
だいぶ歩いたのだから、もう家の近くまで来たはずなのに、どうも様子が変だ。どこか違った所を歩いているような気がしたのです。
いっしょうけんめいに歩いていきましたが、先が見えないものですから、次第次第に風におされて、曲がって売るいていったのです。
しかし、仙吉には、曲がったようには思われません。仙吉は「おかしいな。おかしいな」と思いながら、吹雪の中を先へ先へと歩いていきました。

そのうちに、誰か自分の前を歩いていく人かげが、吹雪の中に時々、うすぼんやりと見えるのです。
「あの人も同じ方に行くが、誰だろう。どうも見たような気がする後ろ姿だけれど。はて、誰かしら」と思い、いっしょに連れだっていこうと、足を速めてその人に追いつこうとしましたが、中々追いつけません。
仙吉が走るように急ぐと、その人も急ぎます。ゆっくりと歩くと、その人もゆっくり歩くようにみえるのです。
「おうい、おうい。待っておくれ。いっしょに行こう」と声をかけますが、吹雪のためか聞こえないようでした。

「ふしぎだ。誰だろう。誰かしら」と思いながら、後を追うようにして歩いているうちに、家の近くの地蔵さんをおまつれしてある、ほこらのそばの大きな木が、吹雪の中でゴウゴウと唸りをたてて揺れ動いているのが見える所まで来ますと、今までたしかに前を歩いて人の姿が見えません。まわりを見ても人かげはありません。

「あれ、前を歩いていた人はどこへいったのかしら。この吹雪の中で倒れたのだろうか」と仙吉は心配して立ち止まり、右の方、左の方と吹雪の中を透かして見ましたが見えません。後ろの方かしらと、振り返ってよく見ましたが、やはり見当たりません。雪は、風といっしょに舞い上がると、うずを巻いて吹っ飛んでいきます。
「おーい、おーい。誰かいないか」
「おーい、おーい。前を歩いていた人はどこだあー」
と呼んでも、ただ、ゴウゴウと吹雪の中にゆれ動いている大木のうなりだけしか聞こえません。
ふしぎなこともあるものだと思いながら、真っ白になって、やっとわが家に着きました。

家の者は、大吹雪になったので心配していましたが、仙吉が帰ってきたので、みんなが安心しました。
そして、仙吉が途中で見た人の話を聞いて、それは仙吉の家でおまつりしている、辻のお地蔵さんではないだろうかということになりました。
それではと、仙吉をはじめ、家族がみんなでお地蔵さんのところにいってみますと、この大吹雪の中を、誰かが、お地蔵さんのところへ歩いていったあとがついているのです。

仙吉がほこらの扉を開けると、いつもの場所に、真っ白に、雪だらけになったお地蔵さんが笑っています。
「ああ、さつきの人だ。あの後ろ姿の人は、お地蔵さんだったのだ。お地蔵さんが道案内をしてくれたのだ。ありがたいことだ。お地蔵さんが道案内をしてくださったので、わたしは無事に帰ってくることができました」
と、仙吉はお礼をいいました。みんなもあらためて、お地蔵さんにお礼をししました。

それからは、このお地蔵さんを、雪地蔵というようになったといいます。