浜益番屋はまなす郷土資料館

江戸時代の松前藩は、アイヌと交易する区域を「場所」とよび、1706年に石狩・厚田・マシケの三箇所を設けます。

その後、マシケを二分してマシケ場所(現在の増毛)、ハママシケ場所(現在の浜益)となり今日になりました。

今日もこの三箇所は漁港として残り、石狩市の朝市としてその日に水揚げされた魚貝類が販売されております。
写真は日本海の増毛町から車で30分ほど下った「浜益」の海際にある「はまなす郷土資料館」です。

明治32年に白鳥家によって建てられたニシン番屋を改修復元したものです。