今金町の旅 (イマヌエル協会)

いまがね町名の由来は、明治26年に入植した今村藤次郎と金森石郎の頭文字をとって付けたものです。その後、明治30年瀬棚町から分離、利別村となり、昭和22年に改名して今金町となりました。 江戸時代にカニ・・・ (続きを読む)

積丹町の旅 (神威岬)

しゃこたん町名の由来は、アイヌ語でシャク(夏)とコタン(村)の二語を合わせたもので、意味はシャクコタンで夏場所という意味です。 慶長(1596年~1615)年間には美国・積丹場所が設定されていたといわ・・・ (続きを読む)

神恵内村の旅 (西の河原)

かもえない村名の由来は、アイヌ語のカムイナイ(神の沢)を当て字したものです。 1594年(文禄3年)には、すでにニシン漁がなされていたという記録があります。 江戸時代にはフルウ場所が開設され近江商人田・・・ (続きを読む)

泊村の旅 (原子力発電)

とまり村名の由来は、中心地の入り江を指すアイヌ語のモイレ・トマリ(静かな・泊地)から当て字にしたものです。 1594年近江国(現滋賀県)柳川村の豪族田付新助は漁場開拓のため、この地を訪れました。16・・・ (続きを読む)

蘭越町の旅 (7つの温泉郷)

らんこし町名の由来は、アイヌ語のランコ・ウシ(桂の木の多い所)という意味です。 江戸時代に松前藩はイソヤ場所を置く。天保3(1832)磯谷場所請負人西川順兵衛、北尻別に稲荷神社を創建。 磯谷と尻別とい・・・ (続きを読む)

黒松内町の旅 (最北限のブナ林)

くろまつない町名はアイヌ語のクルマッナイ(和人の女性の・沢)に由来します。和人は大半が男性で、アイヌにとり和人の女性が珍しかったことによるものという説です。 1821年、松前の花岡利右衛門が花岡宿を開・・・ (続きを読む)

古平町の旅 (豊浜トンネル)

ふるびら町名の由来はアイヌ語の フレピラ(赤い・崖)など、地形に基づいた説があります。 蝦夷の時代に古平場所が開かれ、ニシン・サケ・ホッケなどを交易していました。初代請負人は近江商人の岡田弥三右衛門・・・ (続きを読む)

真狩村の旅 (フラワーロード)

まっかり村名の由来はアイヌ語マッカリベッ(後ろ・まわる・川)の当て字で、真狩川が尻別川から分かれて羊蹄山を取り巻いて流れる様子という説があります。 マツカリベツ原野の開拓が遅れたのは、東本願寺の道路が・・・ (続きを読む)

共和町の旅 (かかし祭り)

きょうわ町名の由来は、小沢村・前田村・発足村の三村が合併し、三地区の住民が、ともに力を合わせて将来を築くことから。 1857年に江戸幕府により、御手作場が設けられました。これがこの地の農業の始まりでし・・・ (続きを読む)

留寿都村の旅 (ルスツリゾート)

るすつ村名の由来はアイヌ語のル・スツ(道が山のふもとにある)という意味。 留寿都村の開基は明治4年。東本願寺が行った有珠郡へ至る新道開削にともなって三戸移住したのがはじまりでした。 留寿都村はかつて属・・・ (続きを読む)