軽石軌道(がるいしきどう)

軽川(現在の手稲)村と石狩町を結ぶ馬車軌道です。大正9年11月に軽川村の近藤信太朗らに許可が下りました。
翌年5月に資本金5万円で会社を設立し、軽川-花畔間(8.21キロ)に着手し大正11年10月に完成。定員8人の客車3両と2トン積みの貨車12両で、一日3往復の運航で開業。所要時間は40分でした。

しかし、石狩町と軽川村の株主間の主導権争いは経営陣の分裂を招いてしまいました。最大目的であった石狩町ー軽川村間の路線決定が絶たれ、昭和12年9月に休止となり、昭和15年10月に廃止となり撤去しました。