中村武羅夫生誕地碑 ー岩見沢市

中村 武羅夫(なかむら むらお)
大正・昭和期の編集者,小説家,評論家
1886(明治19)~ 1949(昭和24)

鳥取の移住者の子として明治19年に岩見沢に生まれる。
岩見沢小〔明治36年〕卒 代用教員をしていたが、文学を志し「文章世界」などに投稿。明治40年上京し小栗風葉門下となる。41年新潮社に入社し、42年「現代文士 廿八人」を刊行
大正初期には「
新潮」編集の中心人物となる。大正14年文芸誌「不動調」を創刊、昭和4年「近代生活」を創刊し新興芸術派の中心人物となる。

5年プロレタリア文学のありかたを批判した評論集「誰だ?花園を荒す者は!」を刊行。

「僕の両親が明治維新、没落士族の一団として北海道開拓のために移住したのは明治18年のことである。明治19年生まれのの僕は両親が北海道に移住した翌年に生まれたのだから、これでも僕は正真正銘の北海道っ児なのである」と語っている。
両親は大変に苦労して3万坪のりんご園を開拓するがすべてりんごの木が枯れてしまって手放すことになる。22歳の時に上京。新潮社に入社。
有名であった「花園を荒す者は誰ぞ」という反駁の論文で、熱烈に文学の純芸術性という観念を保守した。文壇の大久保彦左衛門と呼ばれ、「文芸春秋」の菊池寛と勢力を2分する。大衆小説界の大御所でもあった。藤沢市にて没する。

岩見沢市東山公園内 昭和44年5月13日建立  直筆

誰だ 

花園を 

荒らす者は