伊藤整文学碑ー小樽市塩谷

伊藤整が父とともに塩谷本村に移ってきたのは、明治42年10月でした。
4歳と7か月でしが、この地が伊藤文学の原点となりました。

小学校の同級生ら村人が文学碑を願望し、昭和44年に病床となった伊藤は詩集「冬夜」に収められた若き日の詩「海の捨児」を刻んでいます。

私は浪の音を守唄にして眠る / 騒がしく絶間なく / 繰り返して語る灰色の年老いた浪 / 私は涙も涸れた凄愴なその物語りを / つぎつぎに聞かされていて眠ってしまふ

私は白く崩れる浪の穂を越えて / 漂っている捨児だ / 私の眺める空には / 赤い夕映雲が流れてゆき / そのあとへ星くづが一面に撒きちらされる あゝこの美しい空の下で / 海は私を揺り上げ揺り下げて / 休むときもない

国道5号線を左に入ったゴロタの丘に建てられています。

こちらに伊藤整を詳しく書いています。
伊藤整を加えました。