有島武郎記念館ーニセコ町

有島武郎生誕百年を記念して1978年(昭和53年)に、ニセコ町が建設して開館した建物です。
有島の記念館は、この建物の他に札幌にも2つあります。しかし、札幌は有島が大学教授として札幌に住んでいた建物で、ニセコは有島が自殺する晩年に至るものなので少し意味合いが違ってきます。

建物の中には、農場解放宣言の後に設立された「狩太共生農団」が、戦後に解団された際、農民たちが有島謝恩会を結成して大切に保存してきた農場関係の資料を引き継ぎ、館内に書簡や書、絵画、写真、初版本、帳簿などを展示しています。従って、有島武郎の生涯と農場解放に至る軌跡を見ることができます。

狩太村は今はニセコ町に名を変えましたが、有島武郎がこの土地と関わりを持ったのは、札幌農学校予科5年に編入した翌明治30年(1897年)でした。父親が武郎のためと思って取得し小作人を雇い開拓していた土地です。
はじめて有島農場を訪ねたのは、四年後の34年7月です。札幌農学校本科を卒業した折で、帰京の次いでに立ち寄ったのですが、以来度々狩太に来ていました。

「有島」の表札は、札幌の開拓の村に掲げてあるものです。この建物は白石区菊水にあった建物です。豊平川を渡ったところで、岩内の木田金次郎が訪ねていった家です。