堀田 善衛「国境」ー根室市

堀田 善衛(ほった よしえ) 1918年(大正7年) – 1998年(平成10年)
小説家、評論家。富山県高岡市に生まれる。慶応大学文学部フランス文学科 を卒業。中国国民党宣伝部に徴用された経験をもとにした作品で作家デビューし、「広場の孤独」その他の作品により芥川賞を受賞。
主な作品に『海鳴りの底から』、『若き日の詩人たちの肖像』、『方丈記私記』、『ゴヤ』、『スペイン断章』、『定家明月記私抄』、『ミシェル 城館の人』などがある。50年に及ぶ文業は、『堀田善衞全集・全16巻』(筑摩書房)に集成されている。

「ノサップ岬突端へゆく途中、突然舞台の幕が少しずつ左右にするするひきあくような風に、ガスの切れ目がひろがっていった。
青空の下、海景の奥行がぐぐっと深まった。とその瞬間、前方の景観に動かされるより先、何故根室や釧路の人たちが霧と云わないでガスと呼ぶのかがわかったような気がした。
40分ばかりも乳白色の薄明のなかを歩きつづけたあげく、強烈な陽光に輝し出された毛のジャケツには、小さな露の玉がきらきら光っていた。ズボンもまたしっとりと湿っている」