石原慎太郎「刃鋼」ー留萌市

1932年神戸市生まれ。一橋大学卒。
1955年(昭和30年)、大学在学中に執筆した「太陽の季節」で第一回文學界新人賞を、翌年芥川賞を受賞。

昭和39年から42年にかけて書かれた「刃鋼」は、少年のころ、山下汽船気勤務の実業家の父と共に小樽で過ごした記憶が重なり、鰊に見放された留萌の思いが描かれています。

左の写真は「小高い丘」と書かれたところで、遠くに見えるのは利尻富士です。

「ふるさとの町の背にある小高い丘の上から見はるかした鉛色の海には、嘗て魚族の銀鱗に彩られた華やかな伝説はとうに死に絶えていた。
最果てに近い北国の短い夏の陽に輝く、その間だけは真青に澄んだ海を眺めてさえ、その束の間に近いまばゆさの中にも、私はその海に、絶えてもう二度と蘇らぬものをしか感じなかった。
夏の日、陽の光と草の香にいきれる丘の草むらに伏して、短い夏の間だけ吹き染めるゆるやかな西南の風に平らかに拡がる海を眺めながらも、明るい海の輝きの底に尚潜んだ濃い藍色と、時折り草の葉をそよがせて渡る気だるい夏の風の肌触りの内に、私は、今仮りの間、その偽りの輝きと平穏さを装いながらも、やがてまたまちがいなくやって来てすべてを覆いつくす、凍てた灰色の季節を予感するのだった」