タバコのすきな山男 ー十勝岳ー

大雪山に並び続く山々には、獣や人間を食べる山男がいる、という話が伝わっています。

昔、十勝川の畔に、年老いた貧しい狩人が住んでいました。
ある年の冬のこと、狩人は、十勝川をさかのぼって、十勝岳に狩りに出かけました。
何日か、山の中を歩きましたが、一匹の獲物も手に入れることができず、持ってきたわずかばかりの食料も無くなってしまいました。

「何とか、ウサギ一匹でも捕まえんことには、山を下りることもできん」

カワウソの足跡を見つけたのは、そんな時でした。狩人は、もう夢中で足跡を追いかけはじめました。足跡は、十勝川に沿って、どこまでも続いています。狩人は、ただもくもくと追いかけるだけでした。

ふっと気が付くと、あたりは一面、うっそうとしたマツ林でした。狩人は、かたわらの川を見ました。

「おかしなところに、でくわしたわい。冬だというのに、氷もはっておらん」

狩人は、なんともいえない、不思議な気持ちになりました。

「ありゃ!」

狩人は、思わず大声をあげました。それもそのはず、いつの間にか狩人は、後ろ向きに歩いているのです。自分の目の前に、てんてんと自分の足跡が続いています。自分の後には、何の足跡もありません。カワウソの足跡も、並んで後向きに続いています。
狩人は、歩みを止めようとしました。が、止まりません。まるで、何かにおびえるかのように、足がかってに動いて、後ずさりをしていくようでした。

と、はるか向こうの沢から、ザクッ、ザクッ、と音がしました。かんじきで雪を踏むような、しかし、すぐ向こうの沢から、ザクッ、手前の沢から、ザクッ、と音がしたかと思うと、頭の上が、急に暗くなりました。
狩人は、ゆっくりと空を見上げました。

「ヒエーッ。で、でたぁ」

狩人は、驚いて、手にしていた狩りの道具を投げだしました。
そこには、大きな大きな、足がありました。その上には、大きな大きな、体がありました。そのずうっと上には、大きな大きな、頭がありました。
ーー山男です。
足には、大きな大きな、かんじきを履き、体には、長い長い、毛におおわれています。頭にも、毛がいっぱい生えています。するどい目がらんらんと輝いて、狩人を睨んでいました。

狩人は、我に返ると、一生懸命、後ろ向きに走り出しました。いや、後ろ向きにしか走れないのです。いくら狩人が逃げても、山男の大きな足は、ほんの少し動くだけで、狩人のすぐ目の前にありました。
狩人は、とうとう、大きな崖の下で、逃げ場を失いました。

「喰わんでくれ。家では、腹を空かしたばあさまが、わしを待っている。わしの持っているものは、何でもやる。喰わんでくれ」

狩人は、大きな声で、必死になって叫びました。
山男は、狩人の願いを聞き入れるかのように、動きを止めました。しかし、狩人は、一切れの肉さえも、持っていないのです。狩人は、何をすることもできませんでした。しばらく待っていた山男の毛だらけの手が、狩人の体を掴もうとして、のびてきました。

「待ってくれ。これはどうだ。これしか、わしにはない」

狩人は、たった一つ身に着けていたタバコ入れから、少し慌てながらキセルを取り出し、タバコをつめ、震える手で火をつけ、恐る恐る山男に差し出しました。
すると山男は、急に、にこにこしだし、頭に手をやり、照れながら何回もおじぎをするではありませんか。大きな手で小さなキセルを受け取ると、うまそうに一服しました。そして、おじぎをし、また、うまそうに一服しました。そして、すい終わると、

「ガオー、ガオー」

と、うれしそうに叫び、しるりと身をひるがえして、どこかへ行ってしまいました。
狩人が、少し安心して座り込んでいたのも、つかの間、山男は、すぐにまたやってきました。見ると、今度は、手に恐ろしく大きなまさかりを持っています。
狩人は、もうこれまでだ、と観念し、目を閉じてじっと座ったままでいました。

「ドサッ」

と、目の前に、大きな物が投げられる音がしました。狩人が目を開けてみると、大きなまさかりが置いてあります。山男は、もうどこにも見当たりませんでした。

まさかりは、狩人一人では、とても持てないほど大きく、また重いものでした。
狩人が、そのまさかりに、なんの気なしに手を触れた途端、仲間の狩人の声が近くでしました。
狩人は、急いで仲間の狩人を呼び、二人でまさかりを運ぶことにしました。まさかりの下には、ウサギが二匹、下敷きになっていました。山を下りる途中でも、獲物が、面白いようにたくさん獲れました。

こうして、まさかりを手に入れてからの狩人は、やることなすこと、すべてうまくいき、幸せに暮らすことができました。

これからのち、大雪山に連なる山々に狩りに行く狩人たちは、山男に出会っても、命が助かるというので、必ず、タバコを持っていくようになった、ということです。