マリモー(阿寒町)

阿寒町・マリモ

阿寒湖に浮かぶ美しい緑の玉マリモは、めずらしい植物として、よく知られています。

そのマリモには、こんな悲しい、言い伝えがあるのです。

むかし、阿寒湖の西側の岸に、モノッペというコタン(村)がありました。そして、そのコタンの酋長のシッパチには美しい一人娘のセトナがいました。
コタンの若者は、みんな、セトナをお嫁さんに欲しいと思っていましたが、セトナには生まれるとすぐに、隣のコタンの酋長の息子のお嫁さんになる約束が、両親の間でされていたのです。
しかし、セトナは、おとなになったいま、となりのコタンの酋長の息子のお嫁さんになりたくないと思っていました。
というのは、セトナには好きな人がいました。酋長ではないけれど、力は強いし、クマうちならば、コタンの誰にも負けない若者のマニベのお嫁さんになりたかったのです。

マニベは、小さい時から、心の優しい働き者の子どもで、セトナとは、とても仲良しでした。子どものころ、二人は、よく阿寒湖の岸辺で遊びました。
そして、マニベの吹く、アシ笛を聞きながら、セトナは、心の中で、
「わたしは、おとなになったら、マニベのおよめさんになろう」と、言ってみたものでした。

大人になった二人は、出来るだけ会わないようにしていました。というのは、セトナには、隣の酋長との約束がありますし、マニベとセトナが仲が良いという噂が広がると、セトナのおとうさんのシッパチに、どんな迷惑がかかるか、わからなかったからです。

ところが、セトナは、もう我慢ができなくなり、こっそりマニベに会いにでかけていきました。大好きな二人は、こっそり、阿寒湖の岸辺の草むらで、楽しかった昔のことなどを、静かに話しあいました。

でも、それを見ていた人がいました。
次の日には、もう、コタン中に噂が広まってしまい、
「あの男は、隣のコタンの酋長の息子のお嫁に決まっている、たいせつなセトナさまと、二人っきりで話していた」
ということで、マニベを捕えようということになったのです。

マニベは、悲しんで考えました。
「捕えられたら、コタンの裁判にかけられた上、耳を切り落とされるか、鼻をそがれるか、遠い島に流されるか・・・・、セトナの父のシッパチさまに、どんな迷惑がかかるかもしれない。それよりも、この清らかな湖で死んだほうがよい」そこで、マニベは、湖の真ん中をさして、まる木舟をしずかに漕ぎ出したのでした。

マニベが湖に身を投げて死んだことを知ったセトナは、たいへん悲しみました。そして、苦しみました。
しばらくたったある月の美しい夜に、いつものように湖の岸辺に立って、マニベのことを思って、涙を流していたセトナの耳に、ある優しい、胸にしみとおるようなマニベのアシ笛が聞えてくるではありませんか。
セトナは、そのアシ笛の聞こえてくるほうに、ひきよせられるように、舟を進めていきました。
月は、やがて、雲間に隠れ、湖をかこむ山やまも暗く、湖も暗闇となり、舟を漕ぐセトナの姿も、その闇の中に吸い込まれるように消えていきました。

あくる日、朝の光の中に、湖の上には、ただ、いっそうのまる木舟が、漂っているばかりでした。

ふたりが身を投げた阿寒湖に、美しい緑のまん丸い玉の藻が見られるようになったのは、このころからだといわれています。
コタンの人たちは、
「この世で一緒になれなかった、ふたりの魂が、マリモになったのだ。かわいそうな二人・・・・」と、語りあったそうです。