ニントチカムイの小さな袋

更科源蔵「アイヌ伝説集」より

むかし、むかし、石狩川のカッパは頭がはげていて、人間に悪さをしたといいます。例えば、男のカッパは人間の女性を好きになったり、女のカッパも人間の男の人を好きになったりして、人間を困らせたということです。
しかし、反対に、人のためになることをするカッパもたくさんいました。

ある日、近文という村のひとりの若者が、おじいさんの言いつけで、北見の湧別の男に貸してあった宝物を返してもらいに出かけました。
若者は元気に溢れていましたから、おじいさんに言いつかってから、夜が明けるとすぐに湧別に向かいました。
けれども、いくら若者ががんばって道を急いでも、途中で日が暮れてしまいました。
「どこかで泊まる場所を探すことにするか・・・・」若者はあたりを探していると、たくさんの木が倒れたところが目に入りました。
「あそこなら泊まるのにちょうどいい。ここで泊まることにしょう」
若者はさっそく泊まる場所の準備をしていると、突然頭のはげたカッパが現れ、目をいからせて、
「おれ様の寝る場所を、勝手にあらすやつは、どこの誰だ」目を吊り上げ、今にも飛び掛かりそうなけんまくに、若者はびっくりしてしまいました。
「わたしは何も知らなかったのだ。許してくれ。悪気があって、ここに泊まろうとしたわけではないのだ」と、平あやまりに若者はあやまりました。
そして、ふところからタバコを出し、そのカッパに差し出しました。するとカッパはニコニコしてタバコを受けとりました。
そのカッパはタバコが大好きなのでした。タバコを受け取ったカッパは、
「おれは石狩川に住むニントチカムイ(カッパの神)だが、今、北見から石狩のほうに帰るところだ。お前がこれから行く湧別の男は、心の良くない人間だから、宝物を返そうとしないだろう。きっとお前をだましてフーリーカムイ(巨鳥)のえじきにしようとするだろうから、これを持って行け」と、小さな袋をくれました。

喜んだ若者は、カッパにお礼を言って、カッパと別れて湧別に行ってみると、カッパが話した通り、湧別の男は宝物を返そうとしません。男はいろいろと言い逃れをするだけです。そして、男が言うには、
「この山奥には、とても羽の美しい鳥がいるから、おみやげにその鳥の巣をとって来たらどうだろう」と、たくみに若者に誘いかけました。
若者は何も知らないふりをして、男の言うままに山へ入って行きました。
エゾ松の森があり、木の枝がびっしりと生い茂って、日の光をさえぎり、うす暗い夕方のようでした。
よく見ると、うす暗いところの木の枝には、人の骨がたくさんひっかかっています。若者はぎょっとしましたが、その木を登っていくと、あたりが急に暗くなってきて、ものすごいフリー(巨鳥)が襲いかかってきました。
しかし、石狩のニントチカムイからもらった小さな袋を持っている若者に、怪鳥フリーは近寄れません。フリーは何度も若者に襲いかかろうとします。
しかし、そのために、かえって力が弱って、とうとう怪鳥フリーは美しい羽を落として飛び去って行ってしまいました。
若者が木をおりて、羽を拾い帰ろうとすると、怪鳥フリーは、夢でも見ているような感じのする中で、若者に言いました。
「今まで、誰にも負けたことがないのに、お前だけにはどうしても勝てなかった。くやしい。その代わりおれの一番大事な宝物の羽をお前にやる」
と言い残すと、どこかへ行ってしまったのでした。

はっと、夢からさめたように気が付いた若者の手には、カッパからもらった小さな袋がしっかりにぎられていました。
「わたしには、この小さな袋のおかげで、恐ろしいフリーカムイから、身を守ることが出来たのだ。ありがとうございます」若者はあらためて、小さな袋に頭を下げ、お礼を言いました。

それから若者は、フリーカムイが落としていった美しい羽を持って、急いで湧別の村に行きました。
そして、湧別の男の家の神様だけが出入りする窓から、フリーが落とした美しい羽を投げ込んで言いました。

「こんなすばらしい宝物を授けられた。どうだみんな、こんな美しい羽がほしくないか。ほしいなら山へ行ってみることだ。山にはこんな美しい羽をした小鳥が、まだたくさんいるぞ」
欲の深い湧別の連中は、美しい羽がほしいので、先をあらそって山へ入って行きました。
しかし、山で待っていたのは、フリーカムイでした。
先をあらそって山に入ってくる欲の深い男たちは、次々とフリーカムイに食い殺されていったのです。

近文の若者のように、カッパの神からもらった小さな袋のお守りのない湧別の連中は、怪鳥フリーに立ち向かうことはできなかったのです。
若者はおじいさんが貸してあった宝物を、湧別の男から無事にとり返すことができました。
「これでおじいさんの言いつけを果たすことができた。きっとおじいさんも喜んでくれるにちがいない」
宝物をとりもどした若者は、元気よく帰りの道を急ぎました。

近文に帰った若者の村は、石狩のカッパからもらった小さな袋のおかげで、だんだんと豊かになったということです。
むかし、湧別や近文あたりでは、
「山の中の木がたくさん倒れているところや、つるのからまったようなところはカッパの泊まるところだから、そういうところに泊まってはいけない」と、土耐えられていたそうです。