あの世のいりぐち ー比布町ー

伝説は本当だった⁉ 今も残る洞窟の入り口その場所は比布駅から車で5分ほど、旭川市との境界突哨山とっしょうざんの麓(ふもと)にある。 

北海道の山々(突哨山)

北海道の草花(カタクリ)

旭川市の近く、比布町の比布川に沿って、突哨山という細長い山があります。
この山に、地獄穴と呼ばれている、洞窟があります。
地獄穴とは、死んだものたちの世界に通じる穴、あの世の入口だと言われ、一度中へ入ると、決して出て来られない、出てきても長生きはできない、とも言われていますが、突哨山の地獄穴について伝えられている話は、少し違います。

むかし、二人の老人が、この山に、狩りに行った時のことです。
ムジナを見つけて、後を追いましたところ、ムジナは、地獄穴に逃げ込みました。穴は、どこまでも続いているらしく、老人たちには、すこし、気味悪く思えました。

「何か、恐ろしいものでも、住んでいるのじゃないか」

「いや、そんなこともあるまいが・・・・」

ムジナを追おうか追うまいか、考えておりますと、ムジナは、すぐに、まるで中から誰かに追われたかのように、飛び出してきました。
急いで、ムジナを追っていこうとしましたが、穴の中から、何やら、出てくる気配がしましたので、老人たちは、どちらかともなく、物陰に隠れました。

と、同時に、穴の中から、弓矢を持った男が現れました。男は、しばらくあたりをきょろきょろ見回していましたが、突然、驚いたようすで、びくりと動きを止めたかと思うと、慌てて、穴の中に戻っていきました。

これを見ていた老人たちは、もう、狩りどころではありません。

「おい、見たか。人間だぞ」

「おう。穴の中から出てきたのは、たしかに人間だ」

「穴の中には、何かがあるな。行ってみるか」

「よし、行ってみよう」

と、二人は、男の後を追って、穴の中に入って行くことにしました。

穴の中は、どこまで行っても真っ暗でした。おまけに、だんだん狭くなってきます。それでもかまわず老人たちは、どんどん、奥へ進んでいきました。
どのくらい歩いたことでしょうか。しまいには、やっと這って歩けるくらいになりましたが、そこを何とか通りこしますと、また、広くなり、やがて、穴の先の方がうす暗くなってきました。
穴から、明るいところへ出てみますと、何と、そこには、山や川もあり、ムジナや魚がたくさんいて、魚をどっさり吊るした家々もありました。

「なんという村だろう」

「見たことも、聞いたこともない村だ。いったい、ここはどこなんだ」

「あそこにいる男に、聞いてみよう」

向こうからくる若者に手を振って、合図をし、声をかけようとしましたが、若者は気が付かないのか、老人たちの側を、黙って通り過ぎていきました。次に会った女も、子どもも、同じでした。

老人たちは、村の真ん中の、人がたくさん集まっているところに行きましたが、やはり誰ひとり、老人たちには、目も止めません。

「どうやら、村の人には、わしらが見えないらしい」

老人たちは、不思議に思いながら、村人が自分たちを見ることができないとわかると、遠慮することなく、村の中を、隅から隅まで見て回りました。
村のどの家にも、毛皮や肉や魚や木の実が、たくさんありました。どの村人の着物も、立派な織物でできており、どの村人の顔も、おだやかで、幸せそうでした。
ある家の中を覗いた時、老人たちは、思わず顔を見合わせました。

「あれは、去年死んだ、隣のじさまでないか」

「うん、そっくりだ。いや、間違いない。隣のじさまだ」

老人たちが、

「じさま、じさま」

と、その家の主に声をかけようとしたとたん、その家の犬が、吠えだしました。すると、村中の犬も、吠えだしました。

「犬が、さかんに吠えるぞ。ばけものでも、来たのではないか」

「ぼろをいぶして、魔除けをしろ」

いままで、物静かでゆったりとしていた村人たちまで、口々に、叫び出しました。村中が大さわぎになり、またたくまにぼろきれが集められ、火がつけられ、いぶされて、煙が出されました。煙は、村中にくまなく行きわたりました。

この煙に、老人たちだけが咳き込み、むせました。
たまらなくなった老人たちは、もと来た穴の中へ逃げ込もうとしましたが、うまく逃げられませんでした。着ているものが、ばかに重くなったのです。

「あっ」

と、老人たちは、同時に声をあげました。互いの着物の裾をよく見てみますと、いつのまにやら、行くな、とでもいうように、たくさんの人間がぶら下がっているのです。
老人たちは、必死で、そのぶら下がっている人間をとっては投げ、とっては捨てて、やっとの思いで穴の中を通り、もとのところへ戻ってくることが出来ました。

逃げかえってきた老人のひとりは、

「おれは、あの村が好きだ。あんな素晴らしいところに住んでみたいものだ」

といい、もうひとりの老人は、まったく反対のことをいいました。

「俺は、なんだか、きらいな村だ。あんな、きみの悪いところへは、二度と行きたくない」

それからまもなく、あの村に住みたいといった老人は、ぽっくり死に、あの村に二度と行きたくないといったほうの老人は、その後、とても長生きした、と伝えられています。