「北海道ゆかりの人たち」の80人目に、日本にスキーを伝えた「レルヒ少佐」を加えました。

明治44年に新潟県を訪れ、スキー指導をしましたが二か月間で34回もの講演会を開き、また「雪国の住民にもスキーを」と軍人だけでなく学校教師や民間人にも指導しました。
翌年、明治45年2月7日、旭川にやってきて雪質を見て感激。
「北海道の雪は、寒気のため水分が少なく、ちょうど私の国の雪に似ている。だからよく滑る」彼は、第七師団の将校たちに指導しました。

春光台での基本練習の後は、山を滑り降りる技術を身に着けるため、倶知安町へ行き羊蹄山に登ります。
隊員は頂上からなんとか滑り降りることに成功しました。

写真は、旭川空港に建つレルヒ少佐の像です