開陽丸

「葵の枯れゆく散り際に開陽丸」
と詠われた徳川幕府の巨船開陽丸。

オランダで建造されて僅か1年7ヶ月後の明治元年(1868年)11月15日に、江差沖で座礁、沈没。

沈没した場所は、かもめ島の内側で現在の「江差追分会館」との間になります。

それから124年、平成2年4月に実物大で再現。昭和50年から始まった引き揚げ作業で発掘された遺物は32,905点に及んでいます。

開陽丸は、日本の近代化に著しく貢献し、オランダ留学を果たした榎本武揚はじめ14名のありし日の姿など、貴重な資料、遺品の数々が船内に保管展示されています。