いわみざわ市名の由来は、浴(ゆあみ)をして疲れを癒した事にちなみ、付近が「浴澤」(ゆあみさわ)と称されるようになり、これが転訛し「岩見澤」(いわみざわ)になったとされています。市町村としては珍しい和名由来の自治体名です。
明治11年、開拓使が幌内炭鉱のため、札幌~幌内間の道路を開削しました。
明治15年、石炭輸送のため幌内鉄道が開通。このことで岩見沢駅が開業となり、急速に街が発展することになります。
明治17~18年に、山口県・鳥取県他10県の士族277戸・1503人が集団移住し開拓が本格化します。
明治25年、岐阜県出身の青木利一は西川向地区に国有未開墾地52万1千坪の払い下げを受け青木牧場を開設。その後の岩見沢土地改良区に貢献しました。
明治25年、神奈川県小田原出身の辻村直四郎は幌向原野(現在の志文町)に国有未開墾地30余万坪の譲渡を受け辻村農場を開設。
明治27年、貴族院議員金子元三郎は北海道長官の勧めで幌向野(現金子町)200万坪の未開地払い下げを受け、金子農場を開設。
明治28年、群馬県出身の高柳廣蔵はミルトマップ(現毛陽町)に200町歩の払い下げを受け毛陽農場を開設。
明治17年に岩見沢村の告示がなされ、明治39年に町制、昭和39年に市制を施行しました。