仙台藩は明治維新の折、戊辰戦争では奥州越列藩同盟の盟主となりました。

仙台藩は日本でも有数の兵数を誇り、蝦夷地警備の経緯から、新政府軍には劣るもののそれなりの性能の兵器を持っていました。
しかし、薩長らがイギリスから購入した火器との性能の差によって、薩長藩閥政府に敗れます。

明治政府より賊軍盟主の責任を問われ、仙台藩は、実高100万石からすると3分の1以下の28万石に減封されました。

この激烈な減封により、仙台藩士たちの生活は完全に破綻し、在地で帰農する者の他、新天地を求めて北海道へ移住する者たちを大量に出しました。