道立北海道文書館(もんじょかん)が、1960年代の半ばに民放テレビ局が制作した「新たに視聴区域となった市町村の紹介番組」のフィルムを保管していました。半世紀も前の65市町村の映像ですから、今は失われてしまった町や村の風景です。ネットに載せることはできませんので感想を含めて紹介します。

風連町  1965年(昭和40年) 13分 白黒  音声なし        

風連町は、上川支庁管内上川郡にあった町で、2006年(平成18年)3月27日に廃置分合され、名寄市風連町となりました。
この映像は1965年(昭和40年)の風連町です。

北限の稲作

風連町は、名寄盆地の中央にあり天塩川とその支流・フーレベツ川の合流点に町が広がっています。稲作が盛んで、もち米の産地として知られ生産量は北海道一です。
ソフト大福は道の駅で販売されている人気の大福餅で、伊勢の赤福餅や岡山のきび団子の原料を供給していることで知られています。使われているもち米ははくちょうもちで、時間が経っても硬くならないのが特徴です。
しかし、この稲作があるのは先人の努力があることを映像は教えてくれます。
今は米どころといわれますが、稲の研究・調査が現場で行われている状況が映されているのです。
現在の稲作の北限地は風連よりも更に北の「遠別町」となりますが、かつては風連町と言われていました。
稲などの研究は道立農業試験場などで行われていますが、民間で本格的に行われていました。
更に、土壌改良にも積極的です。音声が入っていないので確かなことは言えませんが、北海道は泥炭地が多く、土を入れなければ作物は育たない土地が多かったのです。北限の稲作は寒冷地との闘いだけではありませんでした。

林業

風連駅は明治36年に名寄まで鉄道が開通し、風連・多寄駅が開業し移住者が増えてきました。

その二年後に三井物産木材部が御料地に入ります。木材景気が起こり、農林業が活況を帯び市街地が形成されました。その煽りなのでしょう。植林が盛んにおこなわれています。

風連獅子舞

瑞生(ずいしょう)地区は富山県人の移住者が多く、明治41年に下多寄神社の創建にあたり郷里に伝わる獅子舞を沼前岩松が伝授し奉納したのが始まりでした。
この風連獅子舞が映像で残されています。京振り・祇園ばやし・鞍馬天狗など勇壮な舞が特徴で、昭和37年に町の無形文化財に指定されています。

朱鞠内湖
朱鞠内湖は、現在は隣町の幌加内になりますが、若者のレジャーとしては唯一開放される時間だったのでしょう。これは今でも変わることはありません。