根北線(こんぽくせん)
線名の「根北」は根室国・北見国の意味です。斜里郡斜里町内の斜里駅(現・知床斜里駅)と越川駅を結んでいた国鉄の地方線です。
オホーツク方面と根室方面を鉄路で結び、両地方の資源開発を図る目的の予定線でした。
根室本線の厚床から標津線の標津を経て釧網本線の斜里に至る計画でした。それが大正12年に、そのままになり打ち切られていました。
昭和12年、ふたたび標津と斜里の両村で請願運動が起こり、東武衆議が先頭に立ち提案理由を説明して採択されました。
この年の6月に斜里ー越川間12.8キロの工事に着手され、翌昭和13年からは越川ー上越川間の工事に着手し昭和15年には路盤工事は完了し、一部は軌条敷設も完了。
しかし、日中戦争の開始で中止。翌昭和16年8月には軍事費支出による予算削減で敷設された軌条はすべて撤去されました。
戦後、運動が盛んになって昭和28年10月に工事が再開します。昭和32年11月に斜里ー越川間12.8キロが開通しました。
しかし、旅客、貨物の輸送量が少なく、開業3年目に貨物取扱が停止、1970年(昭和45年)11月に全線が廃止されました。
未成区間の建設も進められていたため、現在でも遺構が残っています。