三浦綾子「塩狩峠」ー和寒町
旭川駅から北へ9つ目に塩狩駅があります。天塩国と石狩国の境となる峠で塩狩峠と名付けられました。
小説「塩狩峠」の主人公は永野信夫で、実在は長野政雄です。
裁判所の職を捨てて札幌へ移り、やがて旭川駅に転勤になります。
旭川六条教会で洗礼を受け五年の歳月が経ちました。すでに旭川運輸事務所庶務主任の地位でもありました。信夫は六条教会の初代日曜学校長も務めており、聖書の講義をしてほしいという声が、旭川をはじめ、札幌、士別、和寒などの鉄道員の中に起きていました。
「その日の朝、出張先の名寄駅で乗務しました。朝早い汽車は満席だった。
雪原に影を落として汽車は走っていた。汽車の煙の影も流れるように映っている。信夫は白く凍てついた窓に息を吹きかけた。窓が滲んだ。二度三度息を吹きかけると、窓は小さく丸く解けた。
やがて汽車は士別に着いた。汽車は再び動き、和寒もとうに過ぎ、塩狩峠の頂上に近づいていた。かなりけわしい峠で、深い山林の中をいく曲りして越える。いつもは麓の駅で後端にも機関車をつけたが、きょうは珍しくついていない。のろのろと峠をのぼっていくが、客車が下から突き上げられるようで、すわっていてもきつい勾配をのぼっていくのが体にじかに伝わってくる。
そのとき「一瞬客車がガタンと止まったような気がした。が、次の瞬間、客車は妙に頼りなくゆっくりとあとずさりを始めた。体に伝わっていた機関車の振動がぷっつりととだえた。と見る間に、客車は加速度的に速さを増した。いままで後方に振れていた窓の景色がぐんぐんと逆に流れていく」