相川 司、菊地 明 著「新選組実録」ー函館市

浪士組の結成から池田屋事変、函館五稜郭での敗北に至るまでの激動の七年間を敢然と戦いぬいた新選組。 最新の史料をもとに丹念に描く悲運のヒーローたちの軌跡。

「ときは明治元年十月(現在の12月初旬)、榎本武揚を大将とする旧幕府軍は森町鷲の木浜に上陸し、二方から五稜郭へ向かった。
『間道部隊は土方歳三が総督となり、額兵隊、衝鋒隊、陸軍隊約800人を率いて、鷲の木ー森ー佐原ー川汲峠ー湯ノ川の迂回路ルートで五稜郭を目指した。』
官軍と小規模な戦闘はあったが、敵はむしろ寒さであった。
服は一重のみで足袋、笠もなく、雨雪のなか全身ビショ濡れとなり、とくに川汲峠では腰まで積もった雪のなかの行進だった。」

額兵隊がくへいたいは、幕末に仙台藩で結成された洋式銃隊(西洋式軍隊)。

衝鋒隊しょうほうたいは、幕府陸軍の歩兵指図役頭取古屋佐久左衛門が結成した組織。戊辰戦争で関東、越後、箱館を転戦した。副隊長に剣客今井信郎

箱館戦争川汲戦戦死者慰霊碑
土方歳三を筆頭に箱館の五稜郭に進撃する途中、新政府軍との戦いの場になったのが川汲峠です。
土方らはその手前の温泉旅館を野営地とし、入浴で疲れを癒したとされます。
現在の川汲温泉ホテル駐車場の横には、戦死者をしのぶ碑が建立されています。

川汲峠かっくみとうげは、函館市川汲町にある道道83号函館南茅部線の峠です。

古くは温泉への往来や鉱山開発のために利用された道でした。

昭和40年代初期まではバスも往来する基幹道として多くの人々に利用されてきました。