明治12年 <幌内炭鉱>
 
幌内炭鉱(ほろないたんこう)とは、北海道三笠市(開山当時は幌内村)に存在した炭鉱です。お雇い外国人による指導で、官営の炭鉱として開山しました。
 
石炭層の発見~採炭から輸送に至るまで機械化が進められた、日本の近代炭鉱の先駆け的存在。
明治期の近代化から太平洋戦争後の復興期まで、縁の下で日本を支えた歴史的に重要な炭鉱の一つです。

開発の主力を担ったのは北海道最大の炭鉱会社、北炭
北炭の本鉱の立坑は、延長1,000mを越える日本最大規模となりました。
最終的に北炭の生産量は、100万トンを越えています。
1889年北炭が幌内炭礦と幌内鉄道の払い下げを受け民営化。
1989年閉山。

(年表)1879年(明治12年) 

内務大臣伊藤博文の意見書によって,北海道の炭鉱(幌内炭鉱)・鉱山(硫黄山)での囚人労働が始まる

4月4日 琉球藩を廃止、沖縄県とする

 

6月4日 東京招魂社を別格官弊社とし、靖国神社と改称(内務・陸軍・海軍3省の管理とする)
8月1日 日本最初の損害保険会社開業(東京海上火災保険会社)          
幌内炭鉱が開かれる                  
仁木村の成立。仁木竹吉(にきたけよし)ら360余名が徳島県(現在の徳島吉野川市)から集団で入植したのが和人定住の始まりで、翌年に仁木村が成立した。
仁木町の名は仁木竹吉にちなむ。
     
10月 千歳村で初の寺子屋式教育を始める(現千歳小学校)      
12月6日 函館の大火