坊さんとタヌキ

むかし、ひとりの坊さんが、山道にさしかかりました。もう秋の日は暮れて、足もとが暗くなりました。
「さて今夜は、どこへ泊まろうかな」と、宿を案じながら、山道を登っていきますと、かたわらに、古いお堂がありました。戸の隙間からのぞくと、正面には仏様が、その前には香炉やろうそくたてが置かれてありました。
「これはありがたい。雨露がしのげる」と、坊さんはかさをぬぎ、脚絆(すねにまく布)をはずし、わらじのひもをといて、からだのほこりを払ってお堂に入りました。
中は八畳ほどの広さで、古くてぼろぼろになっていますが、畳までしかれてありました。
そこで坊さんは、ろうそくに火をともし、仏前に座って手をあわせ、夜のおつとめのお経をあげました。
おつとめを終えると、坊さんはお堂のすみのほうにすわって、首にかけた袋の中から、お経をよんで家々をまわった時にいただいた食べ物をとりだし、静かに味わいながら、夕食をすませました。

食後のここちよさで、しばらくうとうととうたたねをし、はっと気がついた時は、もう外はすっかり暗くなっていました。
「そうだ。衣のほころびをつくろっておかなくては」と起き上がった坊さんは、つつみの中から、はりと糸を取り出し、火をたよりに、衣の破れを縫い始めました。
ほころびを縫い終わったので、糸玉をつくり、歯で糸をきって、糸のついたはりを、目の前の畳にブスッと突き刺しました。すると、正面の仏様が、さもいたそうに、びくりと目をつぶって、また開きました。

「あれ、変だな。気のせいかな」と思いながら、つぎの破れを縫いはじめ、さて縫い終わって、糸をきってはりを畳に突き刺しますと、仏様が、さっきと同じように、びくりと目を閉じました。そればかりでなく火までいっしょに、すーっと暗くなって、またたきました。

さあ、不思議でたまりません。こんどは、仏様の顔を見つめながら、畳にはりを突き立てますと、仏様は、びくっと目をつぶり、それといっしょに、火がすーっと、またたきました。
「これはおもしろいことになったぞ」と、坊さんはそこら一面、ブスッと、はりを突き立てました。
すると、それといっしょに、仏様は、ぴくっ、ぴくっ、ぴくっ、ぴくっと目をつぶり、火は、すーっ、ぴかり、すーっ、ぴかりと、ついたり、きえたりを繰り返しました。

「よし。どうなるか、やってみよう」と、坊さんはお堂の畳の上に、はりをブス、ブス、ブスと突き立て、かけまわりさした。すると、
「ギャー」とけもののような叫び声が聞こえ、火はふっときえて、真っ暗やみとなり、後は、しーんとして、何の物音も聞こえなくなりました。

どのくらいたったのでしょうか。冷たさに、ふと気がついてみると、お堂の中で寝たはずなのに、草原の中にいるのです。夜はしらじらと明けかかり、草にも、衣にも、露がしっとりかかっていました。

そして、昨夜泊まったはずのお堂はあとかたもなく消え、坊さんのそばには大きな古ダヌキが一ぴき、下腹一面を血だらけにして死んでいました。