豊浜(とよはま)トンネル崩落事故   (古平(ふるびら)町の旅)

26年前の2月10日午前8時10分、古平町と余市の境にあるトンネル内で大きな崩落事故がありました。

札幌で開催していた雪祭りを見にいく乗客もいました。
テレビにくぎ付けになり、今なお、その光景は脳裏に焼き付いています。

厚苫岬(あつとまみさき)
積丹町美国から国道229号の厚苫岬は厚苫トンネルで通過となり、トンネル内で次の古平町に入ります。
このトンネルは新しくなりました。旧トンネルは岬の首あたりを通過していましたが、新はより内陸で直線に近くなり、それだけ長く373mのトンネルとなっています。
(写真は美国から見る厚苫岬です)
ここから札幌まで2時間ほどかかります。トンネルを過ぎたところの地名は群来(くき)町といいます。
「群来」とは、鰊の大群が産卵のために春になると海岸に押し寄せることですが、地名となるのは古平町だけではないかと思います。ここがかつては鰊で繁盛したところの証で、群来町のエリアは、厚苫岬から次の丸山岬の間をいいます。

丸山
岬(まるやまみさき)
古平漁港があるのは国道が562mの丸山トンネルを通過して突き当たった所で、道は右折しますが、この交差点/新地十字街を左折すると左の写真の丸山岬になります。
この一帯が町で水産加工業が建ち並びます。今の古平は「タラコ」が名品で、加工会社では販売店も出しており買い求めることができます。
私は良く、この一帯を車で廻ります。

古平町のHPを見ると下記のような歴史があります。
「古くから人の住む地域でありましたが、江戸時代には松前藩の統治下で「古比羅」「フルビラ場所」と呼ばれニシン漁場として拓かれました。その後も漁業を礎として発展してきた歴史をもっています。 古平という地名は現在の古平川と呼ばれている川の名前で、もとはポロベツと言われていたところで、この付近の大事な川でした。この川に赤い崖があって、それをフレピラ(赤い崖)と呼んだのが場所になったと言われています」

古平町役場
丸山岬を過ぎて左手に古平港を意識しながら進むと国道は右折し、突き当りが古平町役場です。いちど古平町役場を訪ねたことがあります。門はあるのですが、建物の入口がわかりません。それだけ古い役所でした。役所を新しくして、この建物を「道の駅」にすると読んだ記憶があります。

古平の街中を通り169mの古平トンネル、そうして歌棄町はほとんど沖歌トンネル(2,051m)で通過し、抜けると一瞬ですが沖町地区でロウソク岩が見えます。
沖町を横目で見ていると豊浜トンネルに入ります。平成12年に完成した2,228mと長く、トンネル内で古平町から余市町に代わり出口は豊浜地区ですが、これも一瞬で次の滝の澗トンネル(1321m)に入ります。

 

 

チャラツナイ岬
崩落事故が起きたのは、今は新豊浜トンネルで見ることができないチャラツナイ岬でした。
この岬にはチャラセナイ隧道がありました。(岬と隧道で名前が違います)岬の名の「charse-nay」は「すべり降りている・川」の意味です。

かつての古平-余市間の国道229号は、海岸沿いの集落を結ぶ「海岸トンネル防災道路」でした。
その元になったルートは、1958年(昭和33年)開通の「海岸道路」で、海岸線沿いにワッカケ岬からセタカムイ岩までの岬群を隧道と覆道で結んだもので、積丹半島を「陸の孤島」から解放する住民悲願の道でした。

蛸穴ノ岬(たこあなのみさき)
1963年(昭和38年)に初代豊浜隧道が開通しました。初代豊浜隧道は古平町の隣余市町にある蛸穴ノ岬の先端に沿うように大きく屈曲し作られました。竜仙洞という自然の海食洞の中を通り抜ける特異な構造でした。

幅が6mと狭く老朽化が進み1984年(59年)、豊浜隧道と隣の古平町にあるチャラセナイ隧道(チャラツナイ岬)をつないで2代目豊浜トンネルが建設されました。この2代目豊浜トンネルが12年後の1996年(平成8年)岩盤崩落事故が起きました。

事故発生後、国道229号を迂回する道はなく余市町と古平町・積丹町の間を往来するには岩内町・神恵内村を経由して大きく迂回するしか交通はありませんでした。仕方なく廃道として閉鎖されていた旧豊浜隧道を活用して通じる道を臨時につくりしのぎます。
3代目豊浜トンネルとして大きく山側に迂回し、古平町側に隣接していたセタカムイトンネル内に繋ぐバイパストンネルが掘られ2000年に全長は2,228mとして開通しました。崩落現場は入り江状にやや奥まっているため、チャラツナイ岬も蛸穴ノ岬もトンネルで通過するため近づくことすらできません。

セタカムイ岩

セタカムイ岩近くにある崩落事故慰霊碑

現在の新豊浜トンネルに入る手前にセタカムイ岩があります。このセタカケイ岩の前に慰霊碑が立てられています。1996年(平成8年)2月10日午前8時10分頃、古平町側坑口直上の斜面の岩盤(最大高さ70m・最大幅50m・最大厚さ13m・重さ2.7万tと推計)が崩落。
落石防護のために設けられていたトンネル巻き出し部の天井を突き破り、トンネル内を走行中だった中央バスの積丹町余別発小樽駅前行き路線バス(乗客18名、運転手1名)と、後続の乗用車(1名乗車)、対向の乗用車1台(1名乗車)の計3台が直撃を受けました。
間一髪で脱出した乗用車運転の女性1名を除く20名が死亡しました。

30年ほど前、旧国道229号を通って積丹半島までドライブしたことがあります。車道幅員は狭く、隧道はさらに狭く隧道出入り口の急カーブは当たり前。
隧道内もカーブ。覆道も多く、短いトンネルが続き、慎重な走りを要求されました。
次々と現れる岬、隧道を抜けると広がる海、飛び込んでくる頭上の断崖は驚きの絶景。しかし、崩落事故後、すべて長いトンネルに代わり封鎖されてしまいました