戸井町は、渡島支庁管内の亀田郡にあった町です。
2004年(平成16年)12月1日に函館市に編入されました。

とい町名の由来は、アイヌ語のチ・エ・トイ・ペッ(食べる土のある所)とする説があります。

 

 

漁業が盛んで、松前藩領であった時に昆布の産地として知られていました。

地理の面では汐首岬が北海道~本州間が最短距離の地点で、本州側の大間崎まで17.5kmと晴天時には視認が可能な距離にあります。

その距離の近さから、戦前に建設が始まった函館から戸井町に至る鉄道省戸井線(未成線)を利用し、津軽海峡経由して大間町との間を鉄道で結ぶ青函トンネル東ルート計画案がありました。
しかし、実現しませんでした。また、道路も津軽海峡大橋計画もありました。
町には当時の工事跡が残されています。

1443年、津軽の安東盛季が蝦夷に逃れ道南12館を築いたころに、戸井に岡部氏が「原口館」を築いていました。この館もアイヌ人の襲撃にあい滅びてしまい、和人は居なくなりました。
ところが、1821年に戸井の館跡から6万枚、62貫余の古銭の他、水晶やメノウの宝石類百種余が出土しています。

小安八幡神社

1590年、汐首岬が和人地と蝦夷地の境界となり、小安八幡神社が1625年に創祀され、時代に和人が増加していったとされています。

小安と戸井に運上屋が置かれ、東蝦夷6場所の一つとして活況を呈し、コンブ・ブリなどを産しています。
和人の居住が増え、小安・戸井を含め箱館6ケ場所を村並として扱い、山越内(現八雲)に蝦夷地の境を移すまでになります。

 

 

昔から昆布で栄えた地ですが、イワシも明治末から戦前まで豊漁期を迎え、そのイワシをふんだんに飼料としてマグロ漁も明治末から大正期に盛んになりました。
かつてはイワシ・マグロで栄えましたが、現在はタコ・コンブ・サケ・アワビなどを水揚げしています。
タコのしゃぶしゃぶは特産品となっており、町のマスコットキャラクターをトーパス(タコ)と定め、タコによる町づくりを進めています。