きょうわ町名の由来は、小沢村・前田村・発足村の三村が合併し、三地区の住民が、ともに力を合わせて将来を築くことから。

1857年に江戸幕府により、御手作場が設けられました。これがこの地の農業の始まりでした。

明治16年、金沢藩主前田利嗣が士族授産のため起業社を結成し、翌年前田村に79戸を移住させました。村名は前田の姓から付けられたものです。

国富では製錬所が設けられ、明治中期には銅・マンガンなどを産出していましたが昭和50年に閉鎖しています。
大正元年には岩内線も開通していますが、これも昭和60年に廃止しました。

らいでんスイカ

昭和30年に前田・小沢・発足の3村が合併し共和村となり、昭和46年に町になりました。

江戸時代に御手作場が作られただけに、三方を山に囲まれ、夏は涼しく冬は雪が少ないため、気候は稲作に適し、農業が基幹産業になっています。
かつて加賀の開拓者が入植した前田地区一帯は良質米を産出し、スイカ・メロンなどの果菜の栽培や手作りみそなどの加工品も生産されています。

かかし古里館

かかし古里館

古里館では、共和町における町や農業の歴史を知ることができます。

毎年8月には夏の一大イベント「共和かかし祭」が行われ、会場に100体以上のユニークなかかしが並びます。また、共和町の特産「らいでんスイカ」や「らいでんメロン」などの農産物の試食・即売会や、つき立て餅の無料配布を行う「豊稔もちつき」も行われます。

 

トンネル餅

岩内線は廃止されましたが、今も鉄道記念公園として「幌似駅」を当時と同じ状態で保存し公開もしています。

函館本線との分岐点だったJR小沢駅近くでは100年の歴史を持つ「トンネル餅」が販売されています。