カルルス温泉

カルルス温泉の由来は温泉の泉質を分析した結果ラジウムの豊富な単純泉でチェコのカルロビ・バリーと同質のものとわかり同温泉が当時ドイツ領でカルルス・バード(現カルロビバリ・チェコ共和国)と呼ばれていたことから「カルルス」と名付けられたそうです。

山峡の名湯・カルルス温泉の歴史は、1886(明治19)年、室蘭郡役所の書記を勤めていた日野愛憙(ひのあいき)が屯田兵入植地として登別川上流の調査をしていた際に、発見されたことに始まりますが、官吏としては開拓に全力を注いでいた彼はこの温泉の開発までには至りませんでした。(日野は元伊達・亘犯藩家老)

ところがその3年後、彼の養子であった日野久橘(きゅうきつ)が再びこの温泉を発見。試しに温泉の湯を飲んでみたところ、持病の胃カタルが治ったことから興味を抱き、温泉の開発に情熱を注ぐことになります。
そしてついに1899(明治32)年、薬商であった市田重太郎と共同で許可を得て幌別からカルルス温泉までの道路を開設し、旅館一軒、浴場一棟を建て開業しました。