新田次郎・昭和新山ー有珠郡壮瞥町

山岳作家・新田次郎の「昭和新山」は三松正夫(美松五郎)を主人公として描いた小説です。

「最初の地震はひそやかな音をたてて去った」ではじまります。

有珠岳火山の寄生火山として活動を起こしたのは明治43年だが、やはり今夜のような地震が続いた。鳴動が続き、地形に変動が起こり、年が変わってから有珠岳北西方向の金毘羅山麓にある上水道に小亀裂ができて洞爺湖温泉町が一時的に断水したりもした。//

ときは太平洋戦争の末期、爆発の事実は火山学者以外に知らせてならぬと一切の報道が禁止された。こうしたなかで、郵便局長の美松五郎(三松正夫)は観測をつづけたのである。

洞爺湖にも異変があった。ホテル経営者の成田留吉が、夏期にボートを繋ぎ止める桟橋の上を中島に向いて歩いてゆくと、中島は湖上を覆う煙のためにいくらか遠のいたように見えた。
彼が桟橋の先に立って石を投げると、
「水柱が上がらないかわりに、着水点を中心として、それまで、よどんでいた水が動き出したのである。成田は眼の錯覚だと思った。何度か瞬きしてみたが、水はやはり廻っていた。それは次第に速度を増し、はっきりと渦巻の形をなして行った。彼は轟音を湖底に聞いた。渦巻ははげしい勢いで回転した。漏斗状の渦巻の底へ湖水の水が全部吸い込まれて行くのではないかと思われるほどの速さだった。桟橋がぎしぎし鳴った。桟橋がそのまま渦の中に吸い込まれそうな勢いだった。」