長嶋有「猛スピードで母は」ー室蘭市
長嶋 有(ながしま ゆう)
1972年 – 小説家、漫画家、俳人。
埼玉県草加市生まれ。幼少期に両親が別れ、母の故郷である北海道へと移り、登別市や室蘭市で育つ。
登別市立幌別西小学校、室蘭市立港南中学校(1年後輩に安田顕)、室蘭清水丘高等学校普通科を経て、東洋大学2部文学部国文学科を卒業。
2001年に5つの文芸誌に同時に応募、このうち『文學界』に送った『サイドカーに犬』が第92回文學界新人賞を受賞し、小説家デビュー。同作で第125回芥川賞候補となる。2002年、「猛スピードで母は」で第126回芥川賞受賞。
「団地のすぐ近くには市営の水族館がある。母の生まれるより前からあるという古い建物だ。二人は登校途中に立ち止まって水族館のプールを覗き込んだ。
プールは二重の金網ー(プールの周囲のそれと、水族館そのものを隔てるもの)ーに囲まれている。中にはトドがいる。二重の金網越しにだが、入場せずに毎日トドの様子をみることができる」
「入学式の帰りに母は水族館の前で車を停めた。車を降りると母は金網の隙間からみえる看板を指指した。『サクラ メス 三歳 体重推定百キロ』とある。
慎が登校時に立ち止まって水族館の様子をみるようになったのはそれからだ。
今では看板の年齢と体重のところだけが書き換えられている。道路脇から覗き込んでもトドのほうでは慎を気にした様子もなく、数百キロあるという巨大を面倒くさそうに揺らしたり、気の向いたときにざぼんとプールに飛び込んだりを緩慢なペースで繰り返すだけだ」