森瑤子「望郷」ー余市
森瑤子(もり ようこ) 1940年 – 1993年 小説家。
本名、伊藤雅代。静岡県伊東市出身。37歳でデビューしてから52歳で没するまでの短い活動期間に、小説、エッセイ、翻訳など100冊を超える著作を生んだ。作品は20回以上テレビドラマ化されている。
『望郷』は1988年に学習研究社から出版、のち角川文庫となる。
余市ニッカウヰスキー発祥地の竹鶴政孝夫婦の愛の物語です。NHKの朝ドラでマッサンがありましたが、原作者は違います。
政孝はウィスキーの里を求めて全国を行脚し、北海道に来ました。そうして、とうとう余市で理想郷に出会い、東京で待つリタ夫人に手紙を送ります。
「昨日、余市川を遡ってみました。そしたら、なんと、湿原から切り出したピートを乾かして、農家では篭や風呂を焚いているではないか。
その時のぼくの驚きを想像してみてください。思わず血が逆流するような、目眩のような、筆舌に尽くしがたい感動に襲われました。
草炭が出るくらいだから、その地下から湧き出る水質は清冽で申し分ない。ついに理想の土地をみつけました。
ぼくは余市にきめたよ。ここにウイスキー工場を建てるつもりだ。さいわい余市はリンゴの産地で有名です。
ウィスキーが商品化するまで、リンゴジュースを作れば、資金援助を申し出てくれた加賀さんや芝川さんや柳沢伯爵に多大な迷惑をかけずにすむと思います」
昭和9年4月のことです。翌年5月、政孝はリタと娘沙羅と共に余市へ向かう列車に乗り込みました。