長田幹彦「漁場より」ー泊村

長田 幹彦(ながた みきひこ)
1887年(明治20年) – 1964年(昭和39年)
小説家、作詞家。
東京・麹町生まれ。兄秀雄の影響で新詩社に入るが、脱退して『スバル』に参加して文筆活動を開始。
早稲田大学在学中、北海道を放浪、そのときの旅役者生活に取材した『澪(みお)』(1911~12)、『零落(れいらく)』(1912)で一躍新進作家として文壇の花形となる。

 

小説「漁場より」は、札幌から函館本線で小樽を回り小沢駅から岩内線に乗り換えて岩内に入るところからはじまります。
照岸(泊村)にある漁場からニシンが群来きたとの知らせが入り、幹彦も誘われます。

「泊港からは照岸の漁場まで十町ほど山際の道を歩いたが、着いて、私はニシン漁の絵画的な光景に驚かされた。すぐに鰊の胎子と白子の煮物などで酒になり、やがて鰊の時がきた。
一艘二艘、櫂拍子も勇ましく漕ぎ出してゆく。沖のほうでは、篝火かがりびが流星のように彼方此方へ動いている。順次枠を起こしはじめたが、それと同時に労働者たちが歌う唄がかすかに流れて来、はじめはのんびりした浜唄だったが、だんだん急調な木遺きやしに変わっていった。
『漁場はそれを聞くと鼎のように湧きたった。その劇的な光景! 私は今だにその夜の壮大な光景を忘れることができない』」

かつては北海道の日本海はニシン漁業で湧きました。その情景を写し取っています。

泊村には当時の「鰊御殿」を移築したり再現した施設が観光施設としてあります。また、小樽の祝津の高台にある観光名所「鰊御殿」は泊村から移築したものです。