塩狩峠(和寒町)

DSC_1841
油絵 SM キャンバス 横227×縦158
2015制作

明治2年、蝦夷を北海道と命名した時に松浦武四郎の提案で北海道を11の国名に分けました。
そのために、国境の峠にその国名の一字ずつがとられて付けられています。塩狩峠は天塩国と石狩国の国境でした。この峠を越えると天塩の国に入るということです。

私が小学低学のころ鉄道はすべて蒸気機関車でした。冬に塩狩峠を越えて旭川に行くには、二連結の蒸気機関車でゆっくりと、しかし、すさまじい蒸気のはじける音と共に機関車がイキを切らすようにして登っていくのです。その音と光景を今でも思い出します。

この絵は、宗谷本線・塩狩峠駅(無人駅)から描いたものです。赤い家は、作家三浦綾子が「氷点」の作品を書いた菓子屋で、和寒町が旭川から移築して管理しています。三浦綾子の代表作でもある「塩狩峠」の舞台となった峠には、主人公で列車を止めるために殉職した人物の碑が立てられています。

 

地図の中心へ
交通状況
自転車で行く
乗換