鷹栖町郷土資料館

かつてトンビやタカが多く、アイヌ語で「チカップニ」(大鳥が棲むところ)と
呼ばれていたのを意訳して「鷹栖」の名が付きました。
鷹栖という地名は、旭川市にも東鷹栖地区があります。これには分村の歴史があります。明治25年、石狩川右岸一帯を鷹栖村とし、大正13年に鷹栖村は東高鷲村(現在の旭川市東鷹栖地区)・鷹栖村(現在の鷹栖町)・江丹別村(現在の旭川市江丹別地区)の三村に分かれます。この時、旧鷹栖村を東鷹栖村、鷹栖村と江丹別村としたためです。

鷹栖町の歴史を紹介している郷土資料館
全道で2つ(本資料館および北海道開拓記念館)しか展示されていない木管の模型が展示されています。石狩川から取水するための計画、水害を食いとめるべく町に流れるオサラッペ川の整備にかけた苦労の足跡が記されています。