町名の由来は、アイヌ語の「オウコッペ」(川尻の合流しているところ)から。

宝永年間に松前藩の漁場として支配され明治22年に初めて、沙留(さるる)に和人が定住、同31年に石川、高知、富山など各県より入地者が来住して本格的に開発が進められました。明治42年、雄武より字興部を、紋別より字沙留、ルロチの2ケ村を分割併合して、興部村外2ケ村長役場が設置。
大正4年、興部村となり、大正10年、国鉄名寄線が全通し、農業、林業、漁業の飛躍的発展をみるに至りました。大正14年、興部村から西興部村を分村、農林漁業の発展とともに商工業も次第に発展し、昭和26年に町制が施行され興部町 

モーモー城と風車

興部町のシンボルとなっているお城のような建物、正式名称は『オホーツク農業科学研究センター』です。ここでは、各種研究や分析などを行っています。
隣接されている風車は、『興部町風力発電所』。「自然と共生するする地域社会の形成」を目標とし、平成13年3月26日に完成しました。この景色を写真に撮す人の姿もたくさん見かけます。丘から眺める夕焼けや夜景はとても綺麗。