現在の沙流郡平取町内の国道237号沿いにある荷負(におい)地区と、荷負の東にあたる額平川の上流にある貫気別(ぬきべつ)地区とを結ぶ、13.4キロの植民軌道です。
貫気別の東には「びらとりすずらん群生地」の芽生地区があります。
日高地方唯一の殖民軌道で、この路線の特徴は、他の鉄道/軌道と全く接続していないという点にあります。

貫気別地区には明治25年ころから本格的に開拓がはじまりました。
当初は小豆や大豆が中心でしたが、やがて米作へと移行していき、額平川と貫気別川の合流付近に市街地が形成されました。
しかし、あまりにも僻地であったため開拓が遅れ植民軌道を住民から要望されていました。

大正11年8月、現在の富川(旧佐瑠太)ー平取間に沙流(さる)軌道会社が開業すると、荷負ー貫気別間を望む声が一気に高まりました。
ようやく、昭和9年12月貫気別線荷負ー貫気別間が完成し馬力によって開始されました。

しかし、工事は昭和6ー7年と冷害凶作であったため立ち直れずに離農した住民が多く、折角の軌道も利用が伸びませんでした。
更に、荷負から平取間も繋がることはなく、昭和15年8月に廃止となりました。

写真は道道71号線で芽生地区から国道237号へ