上磯軽便線のはじまりは、現在の道南いさりび鉄道(函館~木古内間)の上磯駅付近で産出された石灰石を函館に運ぶ為に1913年(大正2年)国有鉄道上磯軽便線として上磯~五稜郭間を狭軌(1067mm)で開業しました。
その後、1930年(昭和5年)上磯駅から木古内駅間が延伸開業。1936年(昭和11年)には、廃止となりましたが木古内駅から江差駅まで42.1kmが延伸開業。線名が江差線に改称されました。

上磯軽便線の歴史

北海道最大規模の石灰岩脈が上磯村峨朗(がろう)で発見されたことで、明治23年4月、北海道セメント㈱が設立されました。
製品は開運で函館に輸送し、道内をはじめ本州などに移出していました。しかし、強風高波の時は岸に接近できず大量輸送が困難な状態でした。

このような経緯から鉄道敷設の嘆願がなされました。
明治44年に軽便鉄道法が公布されたことから、函館~上磯間の着工が内定します。五稜郭停車場から上磯では市街の背後に回って上磯停車場まで5哩31チェーン(8・7キロ)、さらに線路は伸びて北海道セメントの専用線に連接する設計でした。
大正元年9月に着工されましたが、線路敷設が住民の不安を招き計画よりも海岸寄りに変更。大正2年8月に完成。所要時間は30分でした。
北海道セメント㈱は大正5年に浅野セメント㈱に吸収合併され、同社の上磯工場となりました。

写真は、セメント上磯専用線です