宮脇俊三「最長片道切符の旅」ー羽幌線

宮脇 俊三(みやわき しゅんぞう)
1926年 – 2003年 (76歳没)
編集者、紀行作家。
鉄道旅を中心とした作品を数多く発表。

大正15年、埼玉県川越市で7人きょうだいの末子(三男)として生まれる。名編集者と謳われ、北杜夫を世に出したのも功績の一つ。

紀行作家としては、地理や歴史の深い教養に裏打ちされユーモアにあふれた文章を書くことで知られています。
鉄道ファンでありながら、専門用語などを羅列したり、評論家ぶったりするなどはほとんどなく、飄々とした文体が多くの人々に受け入れられました。
処女作『時刻表2万キロ』で「鉄道に乗る」ことを趣味とする者の存在を世間に認知させ、第2作の『最長片道切符の旅』では「最長片道切符」を広く知らしめることとなりました。

『最長片道切符の旅』は昭和45年ころの北海道が描かれています。国鉄羽幌線が開通したのは昭和33年10月で、日本海岸を北上して幌延まで通じ、宗谷本線に乗り換えて稚内まで行けました。昭和62年に羽幌線は廃止されました。

「天塩は羽幌線の主要駅であるがホームは狭く、そこに見送り人が詰まっている。列車はそれを振切るように速度をはやめた。

単調な海岸線が近づき、また遠くなる、海は遠くが青く近くは灰褐色している。沖合いまで白波が立っていて船影はない。
稲作の北限地遠別を過ぎると水田が現れるが依然として牧草地が多く、原木を積んだ駅も多い。幌延から二時間で羽幌に着く。ここはススの出ない良質の家庭用炭を出し、羽幌炭は石灰不況の圏外にあると言われたが、けっきょく昭和45年に閉山してしまった」

「晴れていればオロロン鳥の群れる天売島や焼尻島の平たい島影が見えるのだが、厚い黒い雲が水平線まで下がっている。苫前、古丹別を過ぎ力昼からは海蝕崖の下の海際を行くようになる。